2011年2月2日水曜日

財政出動論9 財政持続可能性と負債償還能力


《概要》(あらためて)政府の負債償還能力は、政府自体の資産や負債の大きさではなく、一国経済の活力、成長力に依存していることについて述べています。

1 長期的観点で短期的需要対策を評価してはならない
 財政赤字で蓄積される政府の累積債務が大きくなり、財政破綻を引き起こさないかどうかについては、「長期的には」(名目)成長率と(名目)金利の関係に関するドーマー条件と、財政収支に係わるプライマリーバランスの状況が、財政赤字の継続が最終的に財政破綻を引き起こすかどうかを決めることになるとされる。これは長期的観点で、財政赤字の継続性を評価するものだ。

 しかし、我々が「短期的」観点で経済停滞からの回復を企図するなら、そのために必要な、一時的な(短期的な)財政出動によって発生する財政赤字に関しては、そもそも、こうした長期的な観点からの評価はなじまない

2 負債償還能力を決めるのは負債の規模ではなく「経済成長率」=ドーマー条件から
 もちろん、短期的な問題に関しても、長期的な視点を持ち続けることは重要だ。そこで、こうした長期の観点と短期的な財政出動の関係を整理してみよう。
ドーマー条件が成長率と金利の関係に注目するように、一国の財政を決定するのは、一国全体の経済規模の成長力である。

(1)企業では
 企業の負債償還能力が何を基準に量られるかと言えば、通常、それは当該企業の「収益力」(「売上収入を上げる力」)である。それを長期的に見れば、収益の成長率である。負債の償還が可能な収益ないしは収益の成長見通しがあれば、負債はどれだけ大きくても良い。問題は負債の額ではないのである。

(2)政府では
 同様に、政府の負債償還能力を決定するのは、一国経済全体の「担税力」であり、担税力とは経済規模に比例すると考えて良い(なお、償還能力を決定するのは政府の純資産などでもない)。担税力とは(企業と同様に)収入を得る力であり、政府は、その国の経済に負担能力さえあれば、必要な資金を強制的に徴収することができる権限を持つことに国民が合意している存在だからだ。
 そして、この担税力の変化を長期的に見れば、経済の成長率である。アバウトには、ここからドーマー条件が出てくる。ドーマー条件は、直接には累積債務の規模とは関係しない

注》もっとも、累積債務が大きい中で、金利が上昇すれば、利払費
 政府の負担を高める(累積債務の総額に対する利払費の割合は、累
 積債務の額にかかわらず一定だが、政府の財政規模と利払額の比率
 は累積債務の総額の規模によって変化する)から、それは累積債務
 の発散条件(≒財政破綻の条件)に影響を与えることになる。しかし、
 金利の上昇は、正常な経済状態では、金融政策と為替政策を誤らな
 ければ、経済成長率の上昇未満にコントロールできる。さもなけれ
 ば、まさに設備投資するよりも預金する方が効率が高くなる。……
  ただし、投機には注意が必要だが。

注》もう一つの問題として、企業や国民が税負担を嫌って海外に逃げ
 出すということを主張する人たちがいる。
 しかし、仮に、そのために資金が流出するとすれば、円を売って
 ドルなどを買う必要があるから、明らかに円安になり、流出側は差
 損を被ることになる。
  また、流出が大きいほど円安が大きくなるため、日本に残る企業
 の国際競争力は大きく改善され、税収も増加する。
  さらに、円安になっても、日本の海外に対する債権債務は債権の
 方が多いのだから、ギリシャやアイルランドなどのように、日本が
 海外に対する債務償還に苦しむことはまったくない。むしろ、円安
 で海外債権の価値は国内的には上昇する。
  つまり、流出がある方がよいくらいなのだ。
  また、税負担を嫌って本社だけを海外に移転する企業や人が増え
 るかもしれない。それは、課税の対象を利益ではなく、事業活動自
 体に移行させればよい(外形標準課税)。

3 長期派と短期派
 もちろん、問題は、我が国政府に、企業で言う「負債の償還が可能な収益」があるかどうか、つまり、政府に当てはめれば「負債の増加に対応した担税規模の拡大」が実現可能かどうかである。

(1)長期派
 これに関して、日本の経済停滞の原因を長期的要因によると考える長期派は、需要不足があるとは考えないから、財政出動をいたずらに政府の累積債務を増やすだけのものと考える。

 長期派は需要不足がないか一時的なものと考え、一時的なものも自然に(自動的に)回復するはずだと考えるから、対策は供給力の効率化だけである。しかし、効率化は、それによる生産能力の拡大と、効率化のためのリストラを通じてさらに需要不足を強化するだろう。
 また、橋本財政改革財政出動論4橋本財政改革の項参照)では、増税と財政出動の抑制によって財政赤字の解消を図ろうとしたが、逆に景気の決定的な悪化をもたらし、その対策の実施(公共事業と減税)により財政赤字の恒常的な拡大を招いた。
 このように橋本財政改革での財政出動の縮小が景気の決定的な悪化をもたらしたことをみれば、(逆に)確かにバブル崩壊後から橋本改革の時期までは民間の需要は不足していたのであり、バブル崩壊後〜橋本財政改革直前までの財政出動がなかったら総需要は大きく不足していたことがわかる。

(2)短期派
 一方、日本の経済停滞の原因が、需要不足のために、供給能力と需要との間に需給ギャップ(GDPギャップ)があると考える短期派は、政府の財政出動で、その需給ギャップを埋めることによって、高い成長軌道に復帰させることが出来ると考えるのである。それは、長期的にも財政再建につながると考えるのである。