2014年9月6日土曜日

New Economic Thinking1 新しい経済学

改訂:261007 表題を修正。261002 1(背景)の末尾に、関連するスティグリッツ論文の要旨冒頭部分を参考として追加。260908AM 前書きの「補足」とゴドリーのストック・フロー・アプローチに関する長い「注」を追加。

    このブログは、これまで主に「財政出動論」というシリーズで書き続けてきたが、これからは「新しい経済学」(New Economic Thinking )というシリーズに移行していくことにする。

    拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(2013)と、『「重不況」の経済学』(2010) は、いずれも、①現在の長期停滞下の日本とリーマンショック後の世界経済に対する処方箋を提示することと、その処方箋の根拠として②「新しい経済学」(New Economic Thinking )につながると考える一つの枠組み案を提案してきた。
          補足)本来であれば、まず②を提示し、それに基づいて①を展開するのが自然で
                  ある。にもかかわらず、①、②の順としたのには理由がある。もちろん、②
                  が主流派的な見解であれば、そもそも書く必要はほぼない。しかし、②は新
                  しい考え方を提示するものだった。こうした場合でも、優れた実績のある評
                  価の高い経済学者であれば、②、①の順に、まず②の理論を展開し、それを
                  根拠として処方箋①を展開するだろう。しかし、そうでない者は、そのよう
                  には書けない。
                      このため、 既存経済学の枠内で現状や過去の経済現象を解釈し、そこで生
                  ずる問題点などを引き出し、それを元に②の提案の意義を示す形式をとった
                   訳だ。
    しかし、②は新しい提案であることを特に強調せず、またこのように帰納的な構成としたこともあって全体像がわかりにくく、このため、いただいたご意見も部分的な問題に対する反応が多かった。

    このシリーズは、この「新しい経済学」につながる枠組み(案)つまり②について、より演繹的に書くことを目的とする。

1 背景

    まず簡単にこの新しい枠組みを提案する背景を整理しよう。

    リーマンショック後、ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授、2008年ノーベル経済学賞受賞)は、ロンドンで2009年6月に行われたライオネル・ロビンズ記念講義で「過去30年間のマクロ経済学の大部分は『良く言っても見事なまでに無益で、悪く言えば積極的に害をもたらした』」と率直に論じた。
出所:英エコノミスト誌"What went wrong with economics" The Economist Jul 16th 2009 (http://www.economist.com/node/14031376

    また、オバマ政権の初代国家経済会議(NEC)委員長として、リーマンショック直後の経済対策の策定に当たったローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授、元米財務長官)は、2011年4月にブレトン・ウッズで開催された会議において、「DSGEはホワイトハウスの危機への政策対応において何の役割も果たさなかった。流動性の罠を取り込んだIS/LMだけが使用された」と述べた。また「マクロ経済学に健全なミクロ経済学の基礎付けをしようとした膨大な研究は、政策当局者としての自分にとっては基本的に役に立たなかった」と述べた。このDSGEマクロ経済学のミクロ的基礎付けの2つは、近年の現代マクロ経済学発展の象徴(2本の柱)と言えるものだ。
出所:himaginaryの日記「サマーズ「DSGEモデルはまるで経済政策の役に立たなかった」」2011年4月10日 (http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20110410)
    サマーズは、2011年11月にMIT(マサチューセッツ工科大学)で行った講演でも、同趣旨の発言をしている。
出所:MITのホームページ "Summers: To end slump, United States must spend"  MIT News , November 4, 2011 (http://web.mit.edu/newsoffice/2011/summers-talk-1104.html )

    サマーズの発言が行われたブレトン・ウッズの会議を主催した「新経済思想研究所(Institute for New Economic Thinking)」は、リーマンショック後に、世界的な投資家(投機家)で慈善活動家としても知られるジョージ・ソロスの寄附で創設されたもので、リーマンショック後の世界同時不況で限界を示した既存経済学に代わる「新しい経済学(経済思想)」(New Economic Thinking )の探索を目的としている。
 ウィキペディア(http://en.wikipedia.org/wiki/Institute_for_New_Economic_Thinking)をみると、アドバイザリーボードには、アカロフ、スティグリッツらのノーベル賞受賞者や、カーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフ、ジェフリー・サックスらが名前を連ねている。

    こうした経済学の危機のその後の経過を見れば、現代マクロ経済学に無力感と混乱を感じさせたリーマン・ショックからほぼ6年を経て、データもそれなりに集まり、それを使って既存モデルの「微修正」が行われ、経済学の世界もリーマンショック前の平穏な状態に戻りつつあるように見える

    しかし、当時この経済学が無力であったという事実は消えない。また、当時の激変する経済状況の中では、主流派の標準的理解に反する経済現象がいくつも現れている(今は、あたかも、そんなことがなかったかのように、無視する人達が勢力を得つつあるようにも見えるのだが)。
    かといって、従来の主流派経済学に代わる新しい経済学体系もまた誕生していない。ケインズ経済学の「復活」も尻すぼみである(これは、ケインズ経済学が(経済学界で新古典派にとってかわるという意味で)復活できていないという意味である)。そのもっとも大きな理由は、ケインズ経済学が一貫した理論体系を持たない点にある。


    参考)今年(2014年)9月のスティグリッツ論文要旨
        「マクロ経済学は近年うまくいっていない。標準的なモデルは大不況を予測
        できなかったのみならず、そうしたことは起きない、とさえ言った。バブル
        崩壊の後、(それらの)モデルはすべての帰結を予測できなかった。
            本稿は、マクロ経済学に標準的な競争ミクロモデルを取り込むことによっ
        てマクロ経済学とミクロの経済学の融和を図る、という1970年代に始まった
        試みが失敗に終わった経緯を辿る。そうしたミクロモデルは当時ですら・・・」
     訳出所:「himaginaryの日記」「経済政策運営のためのマクロ経済学理論の再構築
             NBER Working Paper No. 20517   ・・・リンク先に「要旨」の原文


2 新しい経済学の枠組みの提案

    以上の背景を踏まえて、この新しいシリーズでは、拙著の議論のベースとなっている「新しい経済学体系につながると考える提案」(上記②)について、現時点での全貌を書いていく。この新しい枠組みが想定する広がりは、次のとおり大それたものだ。

(提案している立場からすると真面目だが、(読んでいただける方がいれば)まあ、知的なゲーム(エンターテインメント)の一つとして楽しんでいただければ幸いである。)

    この「新しい経済学」の提案の意義を述べれば、まず、この提案は、最終的に、ケインズの観点を、一貫性のある理論体系に再構築する可能性を持つものと考える。
    また、これは新古典派のベースとなっている少数の仮定を変えることにより導き出すものなので、新古典派経済学とも整合的な部分が多い。大きく言えば、新古典派経済学とケインズ的観点の経済学を一つの体系に統合するものだと考えている。
    別の側面から見れば、これは、サプライサイドの経済学と需要サイドの経済学を統合する(「新古典派総合」よりもより整合的に)ものでもある。

     また、新古典派経済学は、「長期の」理論体系基本理論とし、短期ではその基本理論が現実と乖離してしまう問題を、基本理論に補完的なサブモデルを追加することで、(短期を)説明するという枠組みを持っている。これに対して、この提案は、短期と長期に関して単一の基本理論のみで説明することを目指す。

   さらに、この核となるアイディアは、ストックとフローの関係をより厳格に取り扱うことに係わっている。したがって、これはストックとフローを完全かつ統一的に扱う体系でもある。
        注)この意味で、これはウイン・ゴッドリー Wynne Godley、2012年没)の
            トック・フロー・アプローチと観点を同じくする部分がある。こうした
            手法については、浅学ゆえ最近までまったく知らなかったが、今年4月頃
            に『章、特に経済的なテーマというブログが、ポスト・ケインジアン
         一派であるMMT Modern Monetary Theory )を紹介している中で、MM
           Tの主要な道具(モデル、アプローチの手法)の一つとして紹介されてい
           てはじめて知った(なお、ゴッドリー自身はMMTには与しなかった)。
           そこのエントリーの一つContributions in Stock-flow Modelingは、ゴッド
           リーについて、次のように紹介している。
                         「まあ、非主流派の中で、 あまりにも主流派に(方法論的に)近すぎる、と
                              なされて、あまり評価されていなかった人が、一見すると主流派的な方
                              法論の中に、実は、主流派はもちろん、他の非主流派(非主流派内の主流
                              派)の射程も越えた問題を提起していることが晩年になって(非主流派内
                             主流派から) 認められる、という、まあ、稀有な例である。
                                                  ※ここで「非主流派」とはポスト・ケインズ派を指す。
                なお、ゴッドリーのストック・フロー・アプローチについてはM.ラヴォア
            『ポストケインズ派経済学入門』ナカニシヤ出版、2008の104〜110ページあ
            たりにも説明がある。
                もっとも、これは、ストックとフローの関係を包括的かつ厳格に捉える点
   では、拙著の観点と同じだが、見る限りは家計、企業、政府といった部門間
            考えるもののようだ(拙著『日本国債の・・・』2013でも、同様の部門間の
            検討を、簡単に、巻末の「補論5」249〜255ページで行っている)。
                しかし、それでは、経済全体としての資金余剰、不足の傾向の状況が見え
            にくい。このため、(拙著やこのシリーズでは)、財・サービス市場といっ
            たいわばフローの市場と、金融資産市場、土地市場といったストックの市場
            の関係、つまり市場間、フローとストック間の相互作用を考えている(だ
            から、部門間のそれは巻末の「補論」に回したわけだ)。

     また、この体系は、開発途上国や、英国・米国のように恒常的にサプライサイドに問題を抱える経済ではほぼ常に、またそれ以外の先進国では好況期を中心に新古典派理論と近似する結果を与える。一方、先進国の不況特に重い不況期にはケインズ経済学に近似する結果を与えることになる。

    そして、この新しい枠組みは、財政政策の効果・影響や、政府の累積債務の影響に関して、従来の経済学とは異なる理解を与える。それは特に重い不況期における財政施策の評価を一変させ得るだろう。したがって、これは、現在、検討され実施されようとしている政策の評価に大きな影響を与え得ると考える。

    しかし、こうした(拙著やこれから始めるこのシリーズの)観点が仮に正しいとしても、それが広く認められ、政策に影響に与えるようになるには、かなりの時間がかかることは避けられない。ケインズがかつて述べたように、政策決定者や民衆は過去の経済思想の影響を強く受け、それに支配されているからだ。
    しかし、時間が経てば、現在の財務省や政治家あるいは一部の経済学者、エコノミストたちはピエロとして評価されるようになるだろう。・・・とは(上で述べたように)まったく大それた話である(だから、知的エンターテインメントとして楽しんでいただければよい)。

    かといって、これは難解なものではない。この枠組みの根拠は、経済学の極めて基盤的な部分のオーソドックスな検討に基づくものである。理論体系の基盤的な部分を見直すほど理論体系全体に大きな影響を与える。しかし、基礎的な見直しだからこそ、その内容自体はシンプルである。

 (以上の具体については、今後、追加するエントリーの中で順次説明していくことになる。)

    最後に論理の穴、誤り、問題、疑問点などがあれば、ツィッターで「@KitaAlps」を付してつぶやいていただければ、早ければ当日、遅くとも1週間程度で認識できる。

    ただし、この新しいシリーズの追加は不定期で間欠的になるかもしれない。


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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合は、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このページだけでなく、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。