2010年10月21日木曜日

財政出動論1 デフレ脱却に対する財政出動の有効性

関連:4橋本改革 3大恐慌期金融政策 2なぜ財政出動? その他: 財政出動論目次
                                                    このブログ全体の目次
 
《概要》支出」ベースのデータに基づいて大恐慌期の財政出動に有効性がなかったとする見解について、実質的に経済活動に影響を与える「発注」ベースの視点が欠けている問題があることを指摘します。・・・・

     現下の日本の長期停滞対策としての財政出動の有効性については、クラウディング・アウト効果、変動相場制下等でのマンデル・フレミング・モデルに基づく理論的な否定論(+不況期の経済政策に関する統計的な実証分析)などのほか、歴史上の個別事例の実証分析による否定論がある。

 田中秀臣・安達誠司[2003『平成大停滞と昭和恐慌』(日本放送出版協会)については、いわゆるリフレ政策を主張する立場から書かれたもので、日本の長期停滞に係わるマクロ経済政策と構造改革主義との関係など納得できる議論が多い。
 しかし、その中で一点疑問点があるのでここでふれたい。

 (具体的には)、図表4-488ページ)を見ると、大恐慌期の米国の消費者物価と政府の財政収支の推移を(月次で)比較すると、景気が反転した1933年は物価上昇が先行し、半年ほど遅れて財政収支赤字が上昇している。このため、財政出動による景気上昇で物価が上がるという因果関係は成立していないという。つまり、財政出動の効果は、これからも否定されるとする。















 しかし、経済活動の実態を考えれば、これは誤りであるように思える。

 そもそも財政収支は支出ベースで捉えられる。ところが、財政出動の効果は発注段階で発生する。企業は、受注と同時に原材料や中間財、建設機械等を発注し、労働者を集め、建設や生産を開始する。つまり、政府支出以前に、発注段階で資金循環が拡大し、それは資材価格や賃金に影響を与える。したがって財政出動の影響は、支出ではなく契約ベースで見なければならない

 政府支出の原則は、実績を確認してその後に支払うというものだから、経常的な支出以外の支払いの多くは発注から半年〜1年は遅れる。しかし、景気刺激効果は、発注段階で生ずる。

   つまり、このグラフは、むしろ財政出動の効果を示していると解釈することが可能であるように見える。少なくとも、これをもって、財政出動の有効性を否定することはできないのではないだろうか。

   著者が金融系の先生(金融系の安達先生担当部分)なので、実体経済の動きに関する知識がないための誤解があるのではないだろうか。

 実は、7年前に読んだ当時は、こうした問題に気づかず、この議論こそ「財政出動が有効ではない」根拠として、もっとも説得力のある部分だと思っていたのだが、改めてこのように見ると、少なくとも財政政策と組み合わせられていないリフレ政策の有効性は疑問に思えてくる。逆に、財政政策こそが決定的ではないのだろうかと思える。

PS. この補足を「財政出動論2(なぜ財政出動論?)」に書いています。

 以上の議論の誤りにお気づきの方は、簡単で結構ですから、理由をぜひご指摘いただければ幸いです。

2010年10月3日日曜日

輸出立国政策は日本国民にとっては必ずしも良い政策ではない

関連:公共事業 重不況の経済学」 シェア半減の日本   《このブログ全体の目次
 財政出動論34輸出立国政策と企業の内部留保

 国際収支
 国際収支には次の式があります。
 経常収支黒字=資本収支赤字+外貨準備増減の増 
これが成り立たないと国際収支の帳尻が合いません。つまり、これは恒等式で必ずそうなります。
 これが何を意味するかと言いますと、国際収支の計算上、経常収支の黒字は資本収支の赤字(+外貨準備増減の増)で必ず埋められなければなりません。これは海外で稼いだ金のうち経常収支黒字分は必ず海外に吐き出す必要があることを意味します。
 言い換えれば、経常収支の黒字があるときは、必ずそれと同額を海外投資しなければなりません(外貨準備は、通常はドル預金で運用するか、米国債を購入して運用されますから、これも海外投資といえます。これを含めてです)。


2 輸出立国
 経済は、需要と供給で成り立っています。供給能力と需要が釣り合っていれば問題はないのですが、需要が長期にわたって不足している国があります。日本、中国などです。
 (需要は不足していないと断言する経済学派もあります。新古典派経済学の中心となっている「新しい古典派」あるいはその中の「実物的景気循環理論」を信奉する人たちです。「構造改革」の根拠はこの人たちが提供しました。しかし、ここでは、需要不足があるものと考えましょう。この見方は、基本的に主流派の見方だと考えますし、特に、この見方は今回の『世界同時不況』で広い意味で強化されたと考えます。)
 このとき、足りない需要を純輸出で補完している国があります(純輸出=輸出ー輸入」です。純輸出とは、簡単に言えば貿易黒字のことです)。純輸出が恒常的に黒字である国を、ここでは「輸出立国」の国と考えます。輸出立国の国とは、国内の需要の不足を輸出で補っている国ということになります。日本や中国はやはりこれに該当します。


 1国に貿易黒字があるときは、必ず他の国は貿易赤字になる必要があります。赤字国は、この貿易赤字分の輸入代金をどのようにして支払うかというと、貿易黒字国から借りるしかないのです。それが「資本収支」です。つまり、貿易収支の赤字は、資本収支の黒字で必ず埋め合わされる必要があります。
 それが、上で見た恒等式  経常収支黒字=資本収支赤字+外貨準備増減の増   の意味です。
(経常収支は、貿易収支に所得収支などを加えたものです。簡単にするために上では貿易収支で考えましたが、以上は経常収支でも成り立つわけです。)


3 貿易収支黒字をコンスタントに維持するということ
 貿易黒字国が赤字国に貸さないとどうなるかと言いますと、赤字国は貿易赤字分の支払いができませんから、貿易赤字を続けることはできません。すると赤字国はなくなってしまいますから、貿易黒字国も貿易黒字を続けることができません
 つまり、貿易収支黒字国は黒字を維持するためには、常に黒字分を赤字国に貸し付け続ける必要があるということです。

 輸出立国の国の企業と政府の合計でみると、純輸出分(輸出入の輸出超過分)だけ、海外資産が自動的に増えていきます。それは企業のB/Sの資産の部には載っています。しかし、国内に持ち帰ることも国内で使うことも出来ません。それは海外で使うしかありません。
 仮に企業が持ち帰ろうとすると、政府が輸出立国を維持するために(つまり円安を維持するために)、円高を防ぐためにドルを買い支えて外貨準備が増え、それは米国債などに投資されます。結局、差し引きでみると純輸出分(貿易黒字分)は国内には還流しません。輸出立国(貿易収支黒字)を続ける限り、黒字分は、永久に日本では使えず、海外で使うしかありません。・・・(厳密には経常収支で考える必要があります。ここではわかりやすく貿易収支で説明しました)


 国内で使えないということは、輸出企業全体に政府を含めた全体で見ますと、貿易黒字の分の輸出製品を生産するために使った労働力の賃金の支払いや株主への配当や銀行への利子支払いには使えないということです。つまり、国民は、貿易黒字の成果を受け取れないのです。
 つまり、経常収支の黒字分というのは日本企業の海外資産は増やしますが、それは日本国民にとっては使えないお金です輸出立国政策は、企業にとってはいいのですが、日本政府と国民にとっては内需拡大よりもはるかに劣る政策だと言えます。
 この問題の詳細は、今年(2010年)の10月末か11月に出版予定の本(『重不況の経済学』)で触れる予定です。