2011年2月23日水曜日

財政出動論14 インタゲと国債利払い

関連:財政出動論1〜9など目次と概要 ・・・その他《このブログ全体の目次
                                                                 23.10.19一部更新(税収弾性値について注追加)

    経営コンサルタント小宮一慶さんの『日本経済はこのままでは預金封鎖になってしまう』を読みはじめた。通勤時間40分くらいでほぼ60〜70頁は読めるほどの内容だ(・・・これぐらいにしないと売れないものか)。

    この方とは考え方も違うし、預金封鎖になる理由があるとも思わない。(僭越にも)木を見て森が見えていない、マクロがわかっていないのではと思いつつ読んでいたのだが・・・・

   この本のインフレターゲット政策を批判する部分にぶつかり、たしかにインタゲには若干の問題があるかと思わざるを得ない部分もないではないと思った。(以下、雑な議論だが)。

1 小宮氏の主張と当初の私の試行錯誤
(1)小宮氏のインタゲ問題説
    小宮氏は、通常の国では、インタゲに効果があるかもしれないが、巨額の累積債務を抱える日本では、インタゲによる物価上昇は、利払い費が増加するために財政破綻を招く可能性が高いという。
    すなわち、仮にインタゲで物価上昇率が2%に上昇し、期待インフレ率が2%に上昇したとすると、国債の利子もその分上昇し、国債約1000兆円の利払い費は20兆円増えてしまう。これは財政破綻につながり、国債の暴落から経済は危機を迎えるという。

(2)反論の一つとして、名目GDP成長による税収増加説
    これに対しては、いくつかの反論が考えられる。例えば、利払いの利率上昇は、借換えの際に発行する新しい国債で実現されるのだから、利払費の上昇は一挙に生じるのではなく、時間がかかるのである。その間に税収が増加するという主張がありうる。

    しかし、物価上昇率2%と同率で名目GDPも拡大する場合、(財務省の使う税収弾性値1.1ではなく)2000年代景気回復期の税収増加実績を踏まえた4.0財政出動論5《交わらない短期と中期》の中段2の(3)参照)を使っても、現在の税収水準が仮に50兆円なら、名目GDP2%の成長では、税収は毎年4兆円(=50兆円×2(%)×4.0)しか伸びない。これで、20兆円の利払い増加をまかえる水準に達するには、5年間(5年×4兆円=20兆円)待つ必要がある。
    注》税収弾性値については、ここまで、拙著『重不況の経済学』で行ったごく「ア
        バウトな試算」結果の「4.0」を使ってきたが、23.10.17に内閣府の「経済成長
        と財政健全化に関する研究報告書」が出され(財政出動論5《交わらない短期と中期》
                  の中段2の(3)の注参照))、そこでは、2001~2009年の平均値として「3.13」が
         提示されている。したがって、ここでの4.0は、まあとりあえず3.1に置き換
         えて読んでいただきたい。


    これは結構ぎりぎりなのではないだろうか。しかも毎年の税収増加のほぼ全額が既発債分の利払費に消えてしまうのだ。

2 問題は実質成長が実現するかどうかだ=インタゲ派の考え(?)
    上記の議論では、実質GDPの成長がないとしている。しかし、これをインタゲ政策によって、例えば年率1%の実質GDP成長が実現するとしてみよう。名目成長は3%(=物価2%+実質1%)になる。すると、上記の枠組みでは毎年の税収増加は6兆円となる。
    だから、まかなえると考えるわけだ。
    しかし、(物価上昇が実質GDPの上昇につながるという仮説は必ずしも大方の承認を得ていないようにみえるのだが、仮にこの仮説が正しいとしても)物価上昇が実質GDPの成長につながるまでには明らかにタイムラグがある。これは少なくとも1年以上、多分2,3年はかかるのではないだろうか。この間利払い費は増加し続けるはずだ。このラグ分は、結構、不安にさせるものではある。

3 であるなら、当初は物価上昇無しに実質成長すればよいのだ
    たしかに日本のような巨額の累積債務がある国では、小宮氏が言うように、物価上昇だけでは問題は解決しないわけだ。巨額の累積債務がある国では、実質成長率の高さが重要になる。

  逆に、 物価上昇なしにGDP成長が行われれば(名目成長率=実質成長率だから)利払い費の増加無しで税収が増加する。
   内閣府によれば、昨年10〜12月期のGDPギャップは、年換算で20兆円だという。つまり、少なくともこの20兆円分は物価上昇無しでGDP成長が可能なのだ。20兆円は日本のGDP約500兆円の4%なので、これに税収弾性値4.0をかけると、税収は16%増加することがわかる。上記の計算と同様の枠組みでは8兆円ほどは物価上昇無しで税収増加が可能だ。これがそれ以後の「下駄」になる
    その後は、物価上昇+実質成長による税収増加が利払い費問題を解決してくれるだろう。

4 財政出動論
    問題は、どのようにして実質成長を実現するかである。私は、財政出動論13《構造改革が必要なのは米国》の頭の部分でふれたように)「不足するもの」が経済を規定すると考えるのが常識的で無理のない理解だと思っている。したがって、景気過熱で資金需要が強いときには(資金が不足している訳なので)金融引き締めに効果はあるが、資金が余っている今のような状況では、金融緩和政策の効果は背景に退く(つまり小さい)と考える。・・・もちろん、今のような状況では、金融緩和は不可欠だとは考えるのだが、景気を回復させるほどの力はないと考える。これは財政出動論3《大恐慌期の金融政策》などで述べたとおりだ。

    したがって、今の日本に不足しているのは需要であり財政出動論6同6B《需要不足対策の評価》でも見たように)需要項目(民間消費、民間設備投資、住宅投資、純輸出、政府消費・投資)の中で、政府が直接、確実に操作可能なのは、政府消費・投資だと考えている。
         注》財政出動の有効性については、財政出動1《有効性》同2《なぜ》
             で述べている。同3《橋本財政改革》でも、橋本財政改革の影響から逆
             説的にその有効性がわかる点についてふれている。
                 なお、財政赤字・政府累積債務の持続可能性については、財政出動論
             7《政府累積債務の持続可能性》などで述べた。

   つまり、このブログの主張(処方箋)は金融緩和を維持しながら、短期の大規模な財政出動が必要だと考えているわけである。もっとも、短期と言っても数年は必要である。・・・この主張は、たしかに今の世の中の世論の趨勢とはあまりにもかけ離れている・・・・。
                注》なお、景気対策に係わる「交わらない『短期』と『長期』の視点」
                    については、財政出動論5でふれた。
    しかし、今ヨーロッパでは、英国をはじめとして財政再建路線への転換財政出動を大きく抑制しはじめている。その影響は今年後半あたりには出てくるだろう。そうなれば、この「財政出動論」が無意味な主張かどうかが明らかになるわけだ(ここでの財政出動論の主張からすると、ヨーロッパは再度の大不況に見舞われることになるはずなのだが・・・・?)。
    
補足23.7.13
 利子には課税されており、インフレで利子率が上昇すれば税収が増加することが、上記では抜けてましたね。・・・(上記の「税収弾性値」の見積もりの中に折りこまれているとも言えるが)
    以下、「経済をよくするって、どうすれば」ブログ 23.7.13から
金融資産には課税がなされていて、金利が上昇することによって、支出と同時に、税収も増える・・・日銀の資金循環表を見ると、一般政府の純債務が560兆円なのに対し、家計の粗資産は1476兆円、民間非金融法人は 798兆円ある。したがって、20%の利子課税がなされているとすると、金利が1%上昇すれば、4.5兆円の税収増になる。 他方、一般政府の利払いは5.6兆円の増加だ。結局、ほとんどが税収増でカバーできる計算になる。もし、税率が25%に引き上げられるなら、金利上昇は、財政の好転要素にすらなる。」