2011年1月20日木曜日

財政出動論5 交わらない「短期」と「長期」の視点

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《概要》リフレ派反リフレ派がなかなか見解の合意に至らない原因と考えられる『短期』と『長期』の違いを整理しています。      23.10.19一部更新(税収弾性値について注追加)

1 若干のおさらい=短期と長期の意味

   経済学者が経済を見る観点には「長期」「短期」の区別がある。例えば需要と供給の均衡のように様々な経済現象に「均衡」が発見されてきたことを受けて、経済学では、経済現象には常に均衡があるのだと考えることが多い(仮定することも多い)。

   もちろん、「均衡に至るプロセスでは」均衡は実現されていない。アバウトに言えば、均衡が実現されておらず均衡に向かうプロセスにある状況を考えるのを「短期」を考えると言い、均衡状態に達している状況で均衡水準がどう動くかを考えるのを「長期」を考えると言って良いだろう。

   均衡状態にあっても、その均衡水準自体は常には一定ではなく、他の様々な要因の変化によって、均衡の水準自体が変動していくのである「長期で考える」とは、こうした(長期的な)「均衡状態の水準の変化に影響を与える要因」を考えることを意味する(注)。
        注)価格の均衡をみると、短期的には供給力は既存の生産能力に制約されるため、
            需要が強くてそれが生産能力を超えれば均衡価格は急上昇するが、長期では価格
            上昇を受けて企業が設備投資を行うので、供給力の水準が変わり、需要と均衡す
            る価格も変化する。このように長期の観点からみると、短期的な均衡は長期的な
            均衡から乖離している状態と解釈することができる。

    一方「短期で考える」とは、「現状が(長期的な)衡点(水準)から乖離している要因」を考えることだと考えればよい。
   したがって、『短期』『長期』の区別は、必ずしも時間的な長さを意味しない。例えば、すぐに均衡に達するような現象なら短期の問題が生じる期間はほとんどないし、均衡に達するのに数十年かかるような経済現象があれば、短期はとても「長く」なる《つまり均衡の実現に数十年かかる場合もあるし、理論的には均衡があり得ても、現実の時間で見るとほぼ永久に均衡に達しない「均衡」もある》。

2 90年代初のバブル崩壊後の日本の長期停滞原因に関する「長期派」「短期派」

(1)リフレ派=短期派
   日本の90年代以来の長期停滞を「短期的な問題」と考える視点で見てみよう。これが広い意味での『リフレ派』である(筆者も短期派であり、その意味で広い意味でリフレ派である。ただ、金融政策よりも財政政策を重視する。この意味でリチャード・クー氏、三橋貴明氏も短期派であり、海外では財政だけを重視するわけではないクルーグマン、スティグリッツなども短期派ということになる)。
    つまり、この立場では、日本経済は「需給バランスが崩れた(需要不足の)不均衡状態にあり」、それが時間的に「長く」続いているだけで、これは短期の問題だと考えるのである。

  したがって、対策は需給バランスの回復つまり 需要不足を補うための方策になる。需要不足の解消策は、おおむね次の各需要項目
① 設備投資(生産設備などの需要)
② 住宅投資
③ 消費
④ 純輸出(=輸出ー輸入。供給側からみると、この分だけ需要が大きい=外需)
⑤ 政府需要
に働きかけることになる。
    具体的には、金利の引き下げ、資金の潤沢な供給(金融政策)による設備投資拡大とか、円安維持(為替政策)による純輸出の拡大とか、公共投資(政府需要の拡大)や減税・バラマキによる(消費需要の拡大)(財政政策)などになる。

   重要な点は、リフレ派は、これを恒常的に(長期にわたって)継続するものではないと考えている点だ(それはこれを「短期」の問題と考えているからだ)ところが、長期派は、「リフレ派が長期にわたってこれを行うべき」と主張していると考えて批判している。………多少誇張して言えば、長期派は常に問題を長期で考えるので、短期派も長期的に考えているはずだと思う傾向があるのだろう。確かに、実際にこのように考えているのだなと思わせる発言は著名な経済学者の発言の中にも散見する。

(2)反リフレ派=長期派
   長期で経済を考える人たちは、日本はこれだけ長期にわたって停滞が続いているのだから、これは短期的な原因で生じているのではなく、長期的原因で生じていると考える

   例えば、長期ではセイ法則がかなりの程度成り立つ。すると、そこでは「供給に応じて需要が決まる」から「需要」と「供給」は均衡しており、「需要不足の問題はないと考える。

   ということで、彼等は、問題は供給側にあると考える。具体的には、①労働供給の停滞。例えば週休2日制などによる労働時間の短縮や、労働市場の流動性が低いために停滞産業から成長産業への労働移動が不足しているという仮説などや、②ゾンビ企業への追い貸しなどで成長産業にお金が回らないための成長産業の資金不足があるとする仮説などや、③生産性上昇率の低下が問題であるなどと考える。したがって、これらを解決するためには、規制緩和などの構造改革』が必要だという結論になる

   しかし、これらの仮説は、拙著『重不況の経済学』の第1章の後段で紹介したように、その後の実証研究ではほとんど証明されなかった

   また、小泉政権(2001〜2006)による構造改革(労働市場改革、金融改革や株主重視の企業制度改革など)も、この時期に、日本の1人当たりGDPが、OECD内で3位(2000年)から19位(2007年)まで一直線に低下(現在は円高だが依然として十数位である)したことに見るように、実際には成果がなかった。
(このブログの「名目では構造改革期に世界シェアを半減させた日本経済」の上から3つ目の図 参照。又は『重不況の経済学』第1章の前段参照)。

   このように見ると、日本経済の現在の長期停滞の原因は、長期の問題であるのではなく、やはり短期の問題だったと考えるべきだと思うのだが・・・

  注)……なお、小泉政権後期の景気回復は、輸出需要が急増したためであり、その原因は、
      この時期に米国で住宅価格の上昇などによってバブルが発生し、需要が膨張した米国に対
      する輸出で,東アジア各国が急成長し、それら各国に日本からの純輸出が急増したことに
      よる。
          これは構造改革で価格競争力が増したというよりも、米国への輸出増加によって世界的
    に需要水が高くなったためであり、価格的には、量的緩和などによる金融政策等によっ
     て円安が進んだためだ。

   しかし、彼等の日本の長期停滞の原因が、長期的・構造的な問題であるという見方は揺らいでいない

    「長期停滞の原因が『長期』的な問題である」ことを説明するためにこれまでに提出された(上記などの)仮説は、ほぼすべて実証的に否定されている。ではそれ以外に、具体的には、どういう点に長期の問題があるのかと聞いても、彼等は新しい説明を提示できない。にもかかわらず、信念は揺らいでいない。根拠なき信念だと思うのだが・・・

   彼等は、需要不足が仮にあるとしても、それは短期の問題であり、それは市場のメカニズムによって自動的に回復するのであるから、短期の問題のために景気対策を行うことは、長期の構造的な問題をかえって悪化させると考える

(3)税収弾性値
   最後に、長期に係わる問題を一つ例としてあげよう。財務省は、マクロ的な税収の予測を行う場合に使う『税収弾性値』《注》には、ずっと「1.1」を使っている。しかし、これは長期的な平均成長トレンド(それはおおむね均衡成長経路に近い)に沿ってコンスタントに成長した場合の数値である。まさに、この「1.1」は長期でみた均衡水準の変化を見ているのであって、その平均成長トレンド(アバウトに均衡成長経路)から乖離して生じる短期的な上下動(つまり短期の好不況による変動)を考慮していない。
        (以下は『重不況の経済学』311ページから、ほぼそのままコピー)
・・・「しかし、現実の経済は、この均衡成長経路のトレンドを下回ったり上回ったりしながら変動している。下回る場合が不況で、上回る場合が好況である。財政出動とは不況期に実施され、好況期には実施されない
   したがって、「財政出動」が税収に与える影響を知るには、長期的な平均のトレンドで見るのではなく不況で平均のトレンドを下回っていたGDPが景気回復で上昇し、平均トレンドを下から上に突き破って成長していく際の短期の税収変動による弾性値を使う必要がある。これは、長期トレンドでのそれとは大きく異なるはずだ。
   簡単な実例を上げると、日本の名目GDP(内閣府による)は、2003年度の493.7兆円から07年度の515.7兆円へと4年間で4.4%成長(年率1%強の成長)したが、この間、国の一般会計の税収(財務省による)は43.3兆円から、51.0兆円へと17.8%伸びている。
   これは、税収弾性値に換算すると「4.0」であり、財務省の「.1を大きく上回っている。このアバウトな試算が方向として正しいなら、不況回復のための財政出動の費用対効果は、かなり大きい可能性が強い。」

  注》税収弾性値=税収の伸び率%÷名目GDP伸び率%。名目GDPが1%伸びたときに税
        収が2%伸びれば、税収弾性値は2(%)を1(%)で割ってとなる(1.02を1.01で割るの
         ではないことに注意)。
           なお、ここで、GDP伸び率(成長率)は名目成長率であることに注意。税収の基準は
       言うまでもなく名目値だからだ。2000年代の日本のように実質成長率が例えば2%でも
       物価上昇(GDPデフレーター)が▲1%なら、名目GDP成長率は1%だ
  注2》上記のように、拙著『重不況の経済学』では、「アバウトな試算」として、2000年
       代で「4.0」を示したが、先頃、岩田一政氏(元日銀副総裁)を座長とする内閣府の
      究会の議論を 岩田座長が取りまとめた「経済成長と財政健全化に関する研究報告書」が、
      平成23年10月17日日付けで公開された。そこでは、2001年〜2009年については実績では
       「4.04」となるが、この間に税制改正がなかったとした場合の税収弾性値は「3.13
      だという結果が示された。したがって、今後は、取りあえずこれを使って考えればよいだ
      ろう。

  ……このように考えるのだが、財務省は、「1.1」を使い続けているので、「不況回復時の成長」による税収増加の見積もりは常に著しく過少評価され、それが増税論やリフレ政策否定、財政出動否定論の根拠になっている。

   財務省が1.1を使い続ける理由は、第1に長期的視点重視の新古典派経済学の裏づけがある(少なくともここは、現実とは合わないと思うのだが)こと、第2には同時にそれが増税の根拠にもなることという2つの理由で、これを変えるつもりはないようだ。

 このように「長期的視点」は、短期的視点に基づく景気対策としては政府が何もしなくても良いという根拠を示してくれる経済学の基礎をなしている。それが正しいかどうかではなく、それが自分たちの方針にとって都合がよいかどうかによって選ばれているようにも見える。

3 なぜ長期派は根強いのか
     『長期派』の勢力は日本ではコンスタントに強く、揺らいでいないが、アメリカでは、世界同時不況とともに『短期派』が勢力を得て、オバマ政権の国家経済会議(NEC)委員長となったローレンス・サマーズや大統領経済諮問委員会委員長となったクリスティーナ・ローマ—を中心に『短期』的視点の大規模な財政出動とFRB議長のベン・バーナンキによって大規模な金融政策が展開された。(もっとも、最近は揺り戻しも見られる)。

   日本で、今回のアメリカのような長期派から短期派への転換が行われなかった理由は、①世界同時不況に対する危機感の違いと、90年代以来の長期停滞における財政出動や金融緩和の経験からその効果に対する疑問、それに③巨額の政府債務問題があるからだろう。・・・・・・これらのうち②と③の問題については、拙著『重不況の経済学』で既に整理したが、このシリーズでもあらためてさらに考えていく予定だ。

    そのほかにも『長期派』が強い理由がある。 第1には、財務省から見ると財政再建のための理論的根拠になる。第2に、過去に構造改革をもてはやしてきたマスコミの主張と整合的である。第3に、経済学者は均衡に基づいて美しい理論体系が構築できる長期的視点が好みである。第4に、国民も『改革』ならなんでも大好きである。全体として、第5に小泉改革時の熱狂が忘れられない。小泉改革時に、「短期派」はまさに広い意味での抵抗勢力として完全否定されていたのである。
   いずれにせよ、こうしたトライアングルにも支えられているから根強いのだろう。たぶん。

4 結局「短期派」が「長期派」を説得するのは難しい
    リフレ派と反リフレ派の見解の対立は、こうした長期の視点と短期の視点のどちらの立場に立って経済を考えるかという争いなので、リフレ派が反リフレ派を説得するためには、相手の『立場』あるいは『基本的観点』自体をひっくり返さなくてはならない。これは当然極めて難しい。
    個別のリフレ政策単位で争っても、根本の考え方、立場が違うのだから、説得は相互に)極めて困難だ(どこかを叩いても基盤は揺るがないので、結局モグラたたき状態になるだけ)。
     れは日本、日本人全体にとって不幸なことだと言うしかない。