2011年1月28日金曜日

財政出動論6B 需要不足対策の評価

        重不況の経済学    公共事業     ・・・その他《このブログ全体の目次

《概要》様々な需要不足対策の評価を整理しています。
    この頁をベースの一つとして新著日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論。平成25年10月10日刊。 →→紹介ver.2紹介ver.1アマゾンを出版しました。

    旧の「財政出動論6」は長すぎたので、後半を分離して、ここに「財政出動論6B」として独立させました。

    日本の長期停滞からの脱却対策として、インフレターゲット、円安、輸出競争力、金利、量的緩和、減税、公共投資、福祉拡大策などが俎上に昇っているが、にぎやかな議論にとらわれると問題が見えにくい。
    財政出動論5を受けて、少しばかり基本的な整理として、こうしたさまざまな景気対策がどのようなプロセスで効果を生じるかを考え、それに基づいて、どのような対策が有効かを評価する視点を「念のため」整理(おさらい)しておこう。
財政出動論6から続く→

1 需要の構成
   ・・・ では、その「企業のその時点の生産物に対する『需要』」はどのような項目で構成されているだろうか。(財政出動論5でもふれたが)大きなところでは
①民間消費……………………消費財・サービスに対する需要
②民間設備投資………………製造設備など生産財に対する需要
③住宅投資……………………住宅建設・建設資材に対する需要
④純輸出(=輸出ー輸入)…様々な輸出製品に対する需要
⑤政府消費・投資……………消費財や建設サービス・建設資材に対する需要
である。言うまでもなく、これらには、土地や株式などの資産投資は含まれていない。
    また、重要な点として、第一に、ここでは政府消費・投資が他の項目と等価に並んでいることに注目して欲しい。第二に、純輸出が同様に他の需要項目と等価に並んでいることも再確認して欲しい。

    短期的視点に立つなら、不況の原因①〜⑤が小さくなることだ。各項目が主に何によって影響されるかによって対策も異なる。

2 各需要項目の変動メカニズムとそれを動かす方策
(1)民間消費
    ①の民間消費は5項目の中ではもっとも安定していて、景気に遅行して変動することが多い。消費文化など「文化」にも係わる。また、一旦変化するとなかなか元に戻らないという問題もある。それは文化に規定されることも多いからだ。

    この民間消費を拡大させる方策としては、まず減税エコポイント制度定額給付金のような政策が考えられる。それらの政策効果を見ると、減税や定額給付金などは、貯蓄に回されてしまえば、その分は需要の増加につながらない
    一方、エコポイント消費しなければ使えないので(これは大変重要)、その効果は高かったように見える。これらは財政政策だ。

   これらに関しては バラマキ批判もあるが、需要不足対策としてはそれぞれ有効性が高い。しかし、長期継続的に消費を刺激し続けるには十分な検討が必要だ。例えばエコポイントは、期限に限りがあるからこそ、駆け込み需要と前倒し需要で効果が生じたのである。無期限の政策だった場合には、効果は減ぜられたはずだ。

(2)民間設備投資
    ②の民間設備投資は変動が大きい項目である。多くの不況の原因はこの設備投資である。
    設備投資が減少する契機としては、第1に、金利上昇によって設備投資コストが上昇することがある。

    例えば、日本の高度成長時代は、景気が過熱して輸入が増え、経常収支が赤字になると外貨準備が不足するため《低成長時代になって経常黒字が定着したために、日本は高度成長時代からそうだったように思われがちだがそうではない。》政府日銀は金利を引き上げて景気を冷やそうとした。これを当時はたしか「国際収支の天井」と言っていた。

    当時は国内需要が旺盛だったので、まさに高度成長時代は、今と違って供給側の制約《国内の生産の伸びが十分でないために輸入が増える》が経済成長を規定していたのである。

    第2に、もう一つの設備投資の減少要因は、「需要の将来見通しの低下」である。需要が伸びない見通しがあるのに、企業が設備投資をするわけがない。これは、重い不況つまり重不況では非常に重要だと考える。

    第3に、設備投資資金の不足がある。例えば貸し渋り、貸しはがし問題である。これは金融システムに問題が発生したときに生じる。問題とは、例えば、自己資本に関する8%ルールのような規制の強化の影響もありうるし、今回の世界同時不況のような金融システムの実質的な崩壊もある。

    第4は、リチャード・クー氏が提唱した「バランスシート不況」である。バブルの崩壊などで、企業が(下落した)資産に対して過大な借入金を抱えるようになると、設備投資よりも借入金の返済が優先され、設備投資は長中期にわたって減少してしまう

    バランスシート不況と同様の考え方としては、大恐慌期の有力経済学者アーヴィング・フィッシャーが大恐慌からの回復が困難な理由として「負債デフレ」を取り上げている。クー氏との違いは、「資産価格」の下落を明確に指摘しておらず、単純にデフレによって(今風に言えば)実質金利が高くなる影響だけを(主に)指摘していることだ。これはメカニズム的にはかなり違う。

    民間設備投資を増加させる政策としては、2つの方向がある。
    第1は、需要見通しを高めることである。つまり「①〜⑤の需要の伸びが見込める状況を作る」ことだ。リフレ政策などはそれを意図したものだ(しかし、特に非常に重い不況(重不況)では、企業の予想は、なかなか十分な見通しに達しない)。

    第2は、設備投資のコストを引き下げることだ。そうすれば、投資採算性が向上するから、設備投資のメリットが出てくる。すべての企業の設備投資を一律に促進する対策として有効なのは、ご存じの「金利の引き下げ」である。在庫循環的な軽微な不況では、これには十分に効果がある。

    マイルドなインフレを引き起こして企業から見た実質金利を引き下げるというようなリフレ派の政策提案も、これに属する。さらに、先頃の企業減税論も、企業の利益にかかる税金を減らすことで、それを設備投資に使ってもらう、あるいは海外企業の進出を加速するというような説明がなされたから、これも設備投資需要の拡大を狙ったものということになる。

    しかし、金利がほとんどゼロになり、これ以上金利が下げられなくなるような流動性の罠が生じると、金利引き下げ政策の効果は見えなくなる。量的緩和などは、こうした状況下で取られている方策の一つだが、需要が伸びる見通しがない場合には設備投資は増えないと考えるべきだ。需要の伸びが見込めないのに設備投資を行う経営者は失格だ。

    いずれにしても、金利引き下げで設備投資コストが下がるといっても限度がある。これに対して「需要見通し」が収入を規定するのだから、需要見通しが低く、収入の伸びの予想が小さいかゼロなら、投資は行われないと考えるべきだ。つまり、金利などのコストよりも「需要の見通し」が優先する。
    日本国内で全体的な需要の伸び(=経済成長)の見通しがないなら、金利などのコスト面の対策の効果は大きくないだろう。

    いずれにせよ、①〜⑤の各項目の需要のどれでもよいから、増える見通し(=需要の伸びる見通し)さえあれば、その増える量に応じて設備投資は増大する。

    現在の問題で考えると、まず金融政策であるが、金利の引き下げはすでに限界に達して久しい。量的緩和政策も、2000年代の日本の実績で見れば必ずしも有効性が見られない。これには政策が不十分との反論があるかもしれないが、効果があったとされた大恐慌期の実績財政出動論3参照)で見ても、金融緩和政策自体の有効性はあまり見えない。

(3)住宅投資
    ③の住宅投資は、金利の影響が大きい。また、雇用不安の影響も大きい。
    この住宅投資を増加させる方策としては、まず「賃貸住宅」については、おおむね②に準ずる。これに対して「家計が直接行う住宅投資」では、「需要見通し」は関係がないので、金利などのコストに左右される程度が高くなる。また、資金調達面からは雇用不安の影響がある。

    持ち家政策は、米国の住宅バブルで見たように、持ち家に関する文化を変えることが出来、かつ政策次第では有効性が高い可能性がある(米国等の住宅バブルのようにならないことはもちろん大事である)。しかし、当面、国民は強い雇用不安の下にあるから、短期の対策としては、若干優先順位は落ちるかもしれない。しかし、少なくとも中長期的視点では十分考えるに値する重要な視点に見える。

(4)純輸出(=輸出—輸入)
    ④の純輸出は、為替レートの影響が大きい。例えば、戦前の世界大恐慌に係わる問題として「金本位制への復帰問題」があった。これは、復帰するかどうか、また復帰するとして「旧平価」で復帰するか「新平価」で復帰するかは、各国の大不況に大きな影響を与えた。

    一見わかりにくいが、これは実は単純に、復帰自体や復帰の方式が為替レートを左右する結果、旧平価での復帰は自国通貨高となり輸出が打撃を受けて「純輸出」が減少するという需要不足問題が発生したということなのである。

    さて、この純輸出を増加させる方策は、短期的な手法としては為替政策・自国通貨安(円安)政策がある。円安にするためには、海外からの資金が流入(流入するには円が買われなければならない。すると円高になる)しないように、低金利政策も必要になる。

   しかし、これには海外の経済状況が大きく影響する。例えば小泉政権末期の純輸出の急拡大による景気回復では、アメリカやヨーロッパでの住宅バブルによる消費拡大があった。ところが、現在の世界同時不況下では、先進国、準先進国は軒並み大きな需要の落ち込みがある。

    元気なのは、国際的な超金融緩和で資金が流入し続けている開発途上国だけである。まさにバブル化が進んでいる。しかし、これが崩壊せずに、いつまで続くかは不透明である。残る開発途上国のバブルが崩壊すれば、外需(純輸出)に依存する需要対策は機能しなくなってしまう。

注)日本の「国際競争力」という話もあるが、実は、純輸出を左右してい
    るのはほぼ為替レートと考えてよい。国レベルの国際競争力については余
    り意味がないのである。これについては、後日改めて整理しよう。

    現在の問題として考えると、開発途上国が活況である限り、これに依存する政策は進めるべきだろう。それに必要なのは円安政策である。
    しかし、現在は世界同時不況下で、世界的な需要は縮小している(もっとも、米国の景気回復の可能性があり、一方では新興国が成長してはいる)。

注》だが、(ここからは筆者の予測に過ぎないので割り引いて見
     て欲しいが)、中期的には、ヨーロッパ各国が財政再建路線に
     転換しつつあるために、2011年後半には大不況に陥る可能性が
     高いこと、また、開発途上国のバブル崩壊の時期が迫っている
     可能性が高いと考えている。
         こうなれば、米国の立ち直りも一時的なものに終わる可能性
     が高い。つまり、外需依存のための海外の需要は2011年後半以
     降急速に縮小する可能性が高いと考える。したがって、中期的
     に、この政策に頼り続けることは難しいと今のところ考えてい
     る。

(5)政府消費・投資
    ⑤の政府消費・投資の変動は、当然需要を左右する。これは「経済主体」としての政府の規模が大きいからだ。支出ベースで政府部門の規模を見ると、政府支出は日本経済の23%を占めている(もっとも、これはイギリスやドイツなどの割合よりも低い)。

    これに対して企業部門の支出は16.5%に過ぎない。残りは家計部門である。しかも政府(中央政府、地方団体、社会保障基金)は、中央政府の財政方針に大きな影響を受けるために、財政出動の規模の変動の側面だけを見れば財政的にはほとんど単一の主体といってよい。「橋本財政改革」のように、政府が「財政再建」などに取り組む意志決定をすれば、膨大な額の需要が減少し、その影響は、極めて大きくなる。

    財政出動のうちでも、特に政府が最終消費、投資を行う政策は、直接的に需要を作り出すのであり、それは速やかに経済の中に循環していくから、有効性が高い。

   すなわち、この政府消費・投資を増加させる方策は財政出動(=財政赤字)の拡大ということになる。また①を行うにも財政出動が必要になるし、②の企業減税も財政政策(財政出動)である(これは、このシリーズの課題なので、ここに書くには大きすぎる。この程度にとどめよう)。

    以上を踏まえて、現在取り得る需要対策を評価してみよう。
    金融政策については、金利を低めたり量的緩和で資金を借りやすくしても、企業が需要の見通しを低く判断していれば、それが設備投資につながることはない。これは、財政出動論3図1〜3のグラフに見るように、大恐慌期の金融緩和でも企業への貸出や社債投資がまったく増えていないことでもあきらかだ。仮に関連があるとしても、それには少なくとも数年のタイムラグがある。数年と言えば、実際には、別の原因の可能性があり、それが金融緩和の影響なのかどうかがわからないほどの長さだ。
    同様に、減税こども手当あるいはその他の定額交付金などは、需要不足対策としての効果だけを考えれば、少なくともその一部は貯蓄に回り、需要不足の解消につながる程度が低い。
    公共投資は、乗数の低下などが言われてきたが、それは、日本の長期停滞特有の問題が影響を及ぼしている可能性もあるし、少なくとも、減税などよりは遙かに効果が高い。

    法人税減税も、国内需要の伸びが見込めない状況では、それが設備投資に回る可能性はほぼゼロであり、需要対策としての効果は現状ではもっとも低い。

    逆に増税については、将来的な問題としては別だが、当面の需要不足下では、橋本政権下での消費税増税のように(財政出動論4の図2参照)最悪の選択である。

4 景気と需要
    以上のように、すべての短期的な景気対策は「需要の拡大」を実現するメカニズムに沿って行われている。したがって、上記3のように、どれが有効な景気対策であるかの評価も、このような需要の拡大《需要不足の解消》につながるメカニズムを考慮すれば比較的容易にできるはずだ
    ただし、その国を取り囲む経済状況次第で、有効な方策は異なる。