2014年10月7日火曜日

New Economic Thinking4 日本国債のパラドックス/財政再建を急がないと破綻か

New Economic Thinking4 〜日本国債のパラドックス/政治家には現在の超低金利は日銀の努力のたまものと考える人が多い〜
→(関連)New Economic Thinking  2

改訂:261124 クルーグマン・インタビューのリンク先が誤っていたので修正。261008 タイトル修正+New Economic Thinking  2」から『1 日本国債のパラドックス」の項をコピーして再掲挿入

    現在の消費税増税に対する政治家の動向や財務省の「努力」をみていると、現在の日本の国債発行の安定、世界最低水準の国債発行金利は、日本銀行の努力によってかろうじて支えられており、それはちょっとした投機的な動きによって瓦解しかねないという強い危機感、過剰な怯えをもっている人達が多いと感じる。特に法科出身者には、そうした考えの人がいるように感じる。
    こうした誤解について、「New Economic Thinking  2(資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系」の観点に基づいて、あらためて整理する。
        注)なお、国債の発行は、現在の世代のつけを将来の世代の負担として課すも
            のだという常識的主張が誤りであり、国債の発行は、すでに現在の世代が負
            担しているという点については財政出動論25 リカード中立命題と負担の
            次世代先送論を参照。
               また、関連・・・「財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性

    まずはじめにNew Economic Thinking  2」でこの問題についてふれた内容「日本国債のパラドックス」を1で、ほぼそのまま再掲する。

1 日本国債のパラドックス
    日本の国債の発行残高が巨額に達しているにもかかわらず、依然として巨額の国債発行が安定的に続けられており、しかも、国債発行金利は世界で1、2を争うほど低い水準にあるというパラドックス(拙新著のタイトルに含まれる「日本国債のパラドックス」はこの意味)がある。

    これを経済学者たちは、依然として不思議がっているか(例えばクルーグマン(注))、日銀の努力でかろうじて維持されているのだろうと漠然と考えている。だが、これほど巨額の国債発行を、日銀が単独で支えられるわけがない。異次元緩和前でさえ、日本の国債発行金利は、世界でも最低レベルだったのである。
    こうした安定的な環境は、財・サービス市場で需要不足が発生し、そこで使われなかった資金がストック(資産)市場である貨幣市場や債券市場に流入していることで生じているのである。これにより、貨幣市場と債券市場に超過需要が生じているのだ。であれば、債券価格が高くなり(=金利が低下し)、資金が潤沢な債券市場で国債発行が円滑なことは当然である。これはワルラス法則を考えれば当然のことだ。
        注11)クルーグマン:(日本国債について)「私ですらこんなに債務水準が高
             くなっているのに信任が失われているいかなる兆しも見られないことに驚
             いていると言わざるを得ない。」
          出所:「NHKBiz plus:ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授へ

                       のインタビュー 7/30/2012」『クルーグマン経済学の翻訳ブログ』
                       http://anomalocaris89.blog69.fc2.com/blog-entry-192.html
                  ※2014.11.24 リンク先が誤っていたので修正しました。

2 日本の超低金利は日銀の政策によるわけではない

    もちろん、日銀の努力が重要であることは疑いがない。特に投機対策としての日銀の役割は大きい。しかし、現在の超低金利の原因の大半は、日銀とは無関係だ。

    上の1でみたように、金利の低下は、毎年、財・サービス市場の需要不足(重い不況)で使われなかった資金(購買力)が、コンスタントに、債券市場、貨幣市場に潤沢に流入し、それによって債券市場と貨幣市場が超過需要になっていることで生じている。これは、ワルラス法則に則してみれば自然なことだ。

    例えば、日本の80年代後半の長期金利(10年物国債発行金利)が5%前後であるのに対して現在は1%を切っている(例えば「New Economic Thinking2」の図5参照)。その差4%を日銀が単独で引き下げているとしたら、たしかに日銀の努力によってかろうじて維持されているのであり、危うい。
    しかし、4%もの金利差を日銀がコントロールできると考えること自体、常識を欠いた議論だ。日銀の市場コントロールは、基本的に市場の需給を調節することで行われているのであり、それは、異常に低い発行金利の国債の需要が実際に存在するからこそ可能になっているのだ

    もし、景気がよく、企業が設備投資を活発に行っているなら、金融機関や投資家は、そうした企業に向けて、はるかに高金利・高リターンで設備資金を貸付けあるいは投資できるから、超低金利の国債に対する需要はなくなってしまう。買い手が存在しない市場では日銀の需給調節も何もない。
   買い手が出現する水準の高金利で国債が発行されていてはじめて、国債に需要が生じ、そこではじめて日銀の市場調節が機能し出すのである。この結果、発行金利は買い手が出現するレベルまで上昇(=長期金利の上昇)していく。・・・その結果が(つまり、それですら)、今の世界最低水準の長期金利なのである。
    そして、買い手が出現する水準の金利がどの程度かを決めているのは、日銀ではなく、財・サービス市場における財・サービス需要の水準であり、そこでどの程度の資金が使われるかである。財・サービス市場で消費、住宅投資、設備投資などが活発であれば、そのための資金需要で貸出金利や社債発行金利が上昇し、低金利の商品(低金利の国債など)には見向きもされなくなる。

    これは、国債発行の安定性と発行金利の低下を支配しているのは、結局、財・サービス市場の需要不足の大きさだということである。日銀は、有力ではあるとしても、そうした状況の下で市場に参画しているプレーヤーの一つにすぎない。

   だから、現在、日本国債の発行金利が世界最低水準であり、それで円滑に国債が消化されているのは、(日銀の曲芸とか超人的努力によるなどというのではなく)、単に不況で財・サービス市場で需要が不足し、そこで使われなかった資金が債券市場や貨幣市場に毎年大量に流入して、資金がダブついているというだけのことだ。日本で重い不況が続く限り、国債の発行は安定を続けるしかない。

    では、財・サービス市場の需要不足はどの程度だろうか。現在、政府は毎年数十兆円の新発国債を発行している。それでも長期金利が世界最低水準を維持しているということは、政府の新発国債の発行規模よりもさらに大きな財・サービス市場の需要不足(超過供給)があるということだ。これは、GDPの1割前後の「民間需要の不足」が恒常的に存在しているということを意味する。

    繰り返すと、日本国債の発行が極めて安定し、発行金利が世界最低水準であるのは、財・サービス市場の需要不足が長期にわたって続いていることを意味している。日銀がぎりぎりの努力で支えているわけではない。

3 景気回復すれば金利が上昇していくけど・・・(おまけ)

    では、景気が回復していくとどうなるかである。景気が回復すると、財・サービス市場の需要不足が解消していき、それに応じて、債券市場や貨幣市場に流入する資金(購買力)は縮小していく。したがって、債券価格は低下し債券金利は上昇していくから、国債発行金利も上昇せざるを得ない。これが正常な経済であり、これを避けることはできないし、すべきでもない。

    しかし、国の国債金利の支払いは、直ちには増加しない。新発国債と、償還年限の来た既発国債の借り換えの際に、その分ずつ支払い金利が上昇していくが、発行済みの国債の大部分の金利は変わらない。したがって、全体としての平均の支払金利は緩やかに上昇していくだけである。
    一方で政府の歳入も増加する。歳入の増加要因は、次のように少なくとも4つある。

① 名目GDP成長による税収増加
    第一は、成長に伴う税収増である。例えば、2013年度の税収の決算見込みは約47兆円であるが、これを2012年度の税収(決算額)43.9兆円と比較すると、約7.1%税収が伸びている。
    2013年度の名目GDP成長率は1.9%(二次速報値)なので、13年度単独でみれば税収弾性値は3.7だったことになる。これは、名目GDPが1%成長すれば、税収は3.7%増加することを意味する(「税収弾性値」は(弾力性ではなく)、単純に名目GDP成長率で税収増加率を割った値である)。
    なお、岩田一政氏を座長とする内閣府の研究会報告書「経済成長と財政健全化に関する研究報告書」(2011年10月17日付け)では、増税などの法改正の影響を除去した場合の税収弾性値は、2001年〜2009年で平均して3.13となっている(同報告書16ページの表)。

    需要不足が解消されていく景気回復過程では、このように税収の伸びが高くなるのである。税収の増加は、当面の国債の新規発行を急速に小さくしていく。これは、景気回復に伴う債券市場等への資金の流入の縮小に対応する。また、これは、長期の財政見通しに関しても、いわば発射台を大きく変えることになるため、長期の見通しに大きく影響する。
    これに対して、財務省は、税収弾性値に関して、かたくなに長期の1.1を使うため、財務省支持派の強力な学者先生方との税収見通しの議論は常にかみ合わないのである。

② 金利上昇による利子配当課税の増加
    第二に、名目GDP成長がない場合でも、金利が上昇するだけで(GDPの上昇ほどではないが)、政府税収は大きく増加する。利子・配当課税による税収増加である。利子や配当には20%程度の課税が行われている。
    日本の国内金融資産のうち家計と非金融法人企業が持つ分は(株式や海外資産を除いて)2000兆円を超えるので、1%金利が上昇すれば、20兆円程度利子配当所得が増えることになる。税率が2割として4兆円税収が増えることになる。
    これは、GDP成長と金利上昇が重なって生じれば、①のGDP成長による税収増加に含まれるが、実質成長がなく金利だけが上昇しても、これ単独で税収が増えるのである。もちろん、金利が上昇しても、実際にそれがすべての金融資産の金利に反映されるにはラグがある。しかし、上で述べたように、国債支払金利の上昇にも大きなラグがあるのだ。
    なお、13年度には金利の上昇はなかったから、上記①の説明のなかで見た13年度の税収増加3.1兆円の中には、当然ながら金利上昇の効果は含まれていない。

③ GDP成長・金利上昇による政府保有の金融資産からの利子配当収入の増加
    第三は、政府保有金融資産からの収入である。政府保有の金融資産(株式、海外資産を除く)は70兆円ほどなので、1%の金利上昇で0.7兆円ほど金利収入増がある。これも、名目GDP成長がなくても、金利が上昇するだけで歳入が増加する。

④ 日銀保有の国債の金利の増加
    以上で十分と思われるが、第四に、日銀が金融調節などのために保有してきた国債の利子が金利上昇で増加すれば、その増加分は、日銀の利益に伴う政府納付金として国に納付される。日銀の保有する国債は、黒田日銀の異次元緩和(質的・量的緩和)政策で急増している。

まとめ

(上記2から)日本に巨額の政府累積債務があり、上記1で引用したクルーグマンの発言にみるように、不安を感じられるのも無理はない。しかし、クルーグマン自身も驚きつつ認めざるを得ないように、日本国債の発行は(巨額の累積債務を持つにもかかわらず)極めて安定している。
    これは、New Economic Thinking2」の観点からすれば、当然のことだ。重い不況が続いているからこそ、財・サービス市場で使われなかった巨額の資金(購買力)が、毎年新たに債券市場に流入しているのだからだ。
    だから、景気回復が具体化しない、先走った段階で(14年4月の消費税増税の影響が払拭できない段階で)財政再を急ぐ理由はない。
  
(上記3から)金利が上昇すれば、国債の利払費が増加するが、それをまかなう程度の収入は増加すると考える。仮に一時的に過不足が生じるとしても、それは一時的に国債発行量を調節すればよい。

   かといって、増税がまったく不要だというのではない。増税は中長期的には必要だと考える。かといって増税の規模が、世上で言われているほど大規模である必要はないと考える。この点についての参考:「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」。

    もちろん、ある程度の増税は必要だとは考えるが、それは景気が十分に回復してから行えばよいのだ。それまで、増税を遅らせても問題はない



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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合、何がしか参考になる点がありましたら、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このページだけでなく、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。