2014年10月4日土曜日

New Economic Thinking3 リカード中立命題とマクロ的中立命題

新しい経済学 3 〜マクロ的資金循環からみたリカード中立命題〜

                                           → New Economic Thinking  2
                                           → 財政出動論25 リカード中立命題と負担の次世代先送論

    これまで、基本となる説明(=New Economic Thinking  2)をしないまま済ましてきたので、(財政出動論シリーズでは)もってまわった説明が多かった。そこで、これまでに書いたものを少しずつ整理しておこうと思う。これは、その第一弾である。

    最近、ツィッターで、「この世で、もっとも滑稽な経済学は「リカード中立命題」と「世代会計」」だとつぶやき、参考として「財政出動論25」を掲げた。

    これを、このシリーズ(及び拙著)が提案する「ワルラス法則を基盤とする経済学」の観点であらためて説明してみよう。(もちろん、財政出動論25も、この観点で書いているのだが、New Economic Thinking  2 を書いたので、それを前提に整理しなおすのである。言っていることは変わらない。ここでは、中立命題そのものに焦点をあて、簡単に整理する。)

1 リカードの公債中立命題

    さて、リカードの公債中立命題とは、簡単に言えば「政府が景気対策のために、増税で資金をまかなって財政出動しても、増税のために家計の消費が減少して、それが財政出動の効果を相殺してしまう。一方、増税のかわりに公債を発行して資金調達し、それを使って財政出動しても、家計が将来の(公債を償還するための)増税を予想し、増税に備えて貯蓄するため、やはり今の消費が減ってしまい、この場合も、やはり財政出動の効果は、消費の減少によるマイナスの効果と相殺されるため、意味はない。つまり、増税しても公債を発行しても、どちらでも財政出動の効果はなく、効果は変わらない。」というものである。

    これは、代表的個人の合理的期待を経済モデルに組み込むという形でミクロ的基礎付けを重視する現代マクロ経済学の大きな流れのさきがけとなった命題である。

2 New Economic Thinking  2 でいう「ワルラス法則を基盤とする経済学」では

   これについて、ワルラス法則を基盤とする経済学」では、リカード公債中立命題と同様の現象が起きる可能性があると考え、それを「マクロ的中立命題」と呼ぶが、それは将来に対する合理的期待とは無関係だというものだ。

(1)ワルラス法則を基盤とする経済学」の簡単な整理
  
  ワルラス法則を基盤とする経済学」を改めて簡単に説明しよう。

① まず、GDPの3面等価に反映される資金の循環を考える。つまり、企業が「生産」し、その生産コストを家計などに賃金、配当、利子、地代などの形で「分配」し、その資金を使って、企業が最初に生産した生産物(財・サービス)を買う(「支出」)というサイクル(これがGDPの3面等価に反映される。また、これは実質的にセイ法則を意味する)を重視する。ここまでは標準的な理解と変わらない。

② そして、分配された資金が(それを生み出した)財・サービスの購入に使われずに資産市場に流入したときに不況が起きると考える。このときに、財・サービス市場では需要不足(超過供給)となり、使われなかった資金が流入した貨幣市場や債券市場では超過需要が生ずると考える。ここでは、セイ法則は破れているが、絶対的に成立するワルラス法則は当然成立している。

    なお、①は標準的な理解の範囲で書いている。②は標準的な理解とは必ずしも一致しない部分ワルラス法則を基盤とする経済学」)である。しかし、ワルラス法則に厳密にしたがっているのはこちらであると考える。

(2)バローのリカード公債中立命題に関する議論

   このとき、政府が財政出動のための資金を確保するために、増税したとする。すると、家計などの消費のための支出予算は減少するから、消費は減少する。財政出動の効果と消費の減少が相殺されて、全体としての効果はプラスマイナスゼロとなる。
    これに対して、増税の替わりに、公債(国債)を発行して財政出動資金をまかなったとする。リカード中立命題を取り上げたロバート・バローは、それだけでは消費は減少しないという。しかし、これは滑稽な話だ。公債で、民間の資金を吸い上げたら、民間が消費(あるいは設備投資)に使える予算はその分減少する。
    おそらく、バローは、公債は貨幣と同じ資産だから、必要なときに、いつでも売却できると考えたのだ。つまり、公債を買った家計などは、それを売却すればいつでも消費ができるから、家計が予算制約で消費を減らすことはないと考えたのだ。

(3)マクロ的中立命題
    しかし、バローの議論はミクロでは正しいと言えるが、マクロでは違う。売られた公債を別の家計が買ったらどうなるのだろうか。売った家計は消費できるようになるが、買った家計の消費の予算は減少する。その家計がさらに売っても、次に買った家計の消費が制約される。このように、家計部門全体、民間部門全体として、公債を買った分、消費(や設備投資)は予算が制約されて減少するのだ。
    したがって、財政出動の資金調達のために、公債を発行しても、増税しても、どちらの場合でも民間の予算は減少するから、消費は直接的には減少することになる。これが、拙著や財政出動論25で言っている『マクロ的中立命題』だ。
    増税と公債が等価であることを言うために、将来の(あるかどうかわからない)増税の予想(合理的期待)を持ち出す必要は全くない
    単純に、その(現)時点の民間部門の予算制約によって、増税と公債が等価であることを説明できる。そして、それは、その現時点の(絶対的)予算制約によるのだから、極めて強力である。だから、「将来の増税予想」などといったあやふやな期待を持ち出すのは、きわめて滑稽だというのである。
    つまり、彼はミクロの人であり、マクロの資金の循環と予算制約という観点が欠けていた。以上の議論は、(1)の①だけに依存していることにも注意して欲しい。標準的な理解のみでこれが導かれるのだ。

3 財政出動に効果があるかどうかは中立命題とは別の問題だ

   では、現実に、財政出動に効果があるという数々の知見はどのように理解されるのだろうか。マクロ的中立命題という「理論」が、強力に財政出動の効果を否定するとしたら、取るべきは「事実」だろう。

(1)不況(セイ法則不成立)下で公債発行で財政出動した場合

    しかし、実は、以上が当てはまるのは、セイ法則が成り立つ場合である。以下、セイ法則が成り立たない場合を考えよう以下は、上の2の(1)の②に基づく。つまり、ワルラス法則を基盤とする経済学」に依存する)
    財・サービス市場に需要不足が存在するときワルラス法則は、絶対的に、貨幣市場や債券市場などの資産市場で超過需要が発生させる。このとき、セイ法則は成立していない。ここで、標準的な理解と多少ずれがあるかもしれないのは「需要不足」の定義だけである(この定義は、New Economic Thinking  2 を参照)。
        注)なお、この資産市場の超過需要を、資産に積極的な魅力があるから生じている
            と捉えると間違いやすい。魅力があって買われることも多いが、他に買う物がな
            いから、消極的にやむなく買う場合もあるのだ。そもそも、財・サービス、貨
            幣、資産や土地などの魅力は、相対的なものに過ぎない。

    債券市場に超過需要が発生しているとは、より多くの債券の発行が求められているという状態である。貨幣市場に超過需要が生じているとは、より多くの預金あるいは預金口座の開設が求められているという状態である。そこでは、使われず、使う予定のない資金が溢れているのだ。

    こうしたときに、政府が債券市場で公債を発行しても、それが民間の消費や設備投資のための資金に影響することはない。したがって、政府が公債を発行しても、それが新たに消費を減少させる効果はない。
    そもそも、消費や設備投資が減少しているから財・サービス市場では需要不足で不況となっているのであり、債券市場や貨幣市場で超過需要が生じ、資金がだぶついているのだからである。

    したがって、こうした状況で、財政出動のために政府が公債を発行しても、それが民間の消費や設備投資を阻害する影響はない。したがって、公債を発行して財政出動すると「効果がある」ことになる。
   これは、不況下でのみ成立するということに注意しよう。不況下ではフリーランチが存在するのだ。・・・なお、不況下で発行した公債を将来償還するという問題は、財政出動論25 リカード中立命題と負担の次世代先送論 を参照願いたい。

(2)不況下で増税で財政出動した場合

    では、不況下で、増税で財政出動する場合はどうだろうか。マクロの大きな資金循環で考えれば、影響は公債の場合と変わらない。この意味でマクロ的中立命題の成立は変わらない。

    しかし、公債は、そもそも、財・サービス市場で使われないことが明確になっている貯蓄を吸い上げるだけ(だから、公債発行は民間の財・サービス市場の需要に係わる資金に影響を与えない)なのに対して、増税は、家計や企業が直接財・サービスへの支出に使う予定の資金を吸収することになる場合が多い(そうならないような税を設計するのは難しいし、実際、そうした観点で税を設計する努力が行われていることも寡聞にして知らない)。

    したがって、現実には、徴税上の技術的な問題によって、増税による財政出動は、民間の財・サービスへの支出に影響を与え、効果は(少なくとも部分的には)相殺される可能性が高い。

                                               ・・・・・・・・・・・・
    以上のリカード中立命題に関する議論はNew Economic Thinking  2 が説明しているワルラス法則を基盤とする経済学」に基づく議論であり、当然ながらNew Economic Thinking  2とは完全に整合的である


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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合、何がしか参考になる点がありましたら、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。