2014年10月9日木曜日

New Economic Thinking7 動学的効率性・非効率性の議論は意味がない

New Economic Thinking7       〜動学的効率性・非効率性の議論は無意味だ〜

    経済が「動学的効率性」を満たすとは、「投資収益率(利子率)が経済成長率を上回っている」ないしは「純資本所得が投資額を上回っている」状態だとされる。
    経済が「動学的効率性」を満たしていない(動学的非効率性の状態)とき、資金は非効率に使われていて利子率も低いため、その資金を政府が借り入れて支出(財政出動)すれば、現在と将来時点の両方の経済が効率化する。仮にこれが成り立っているなら、財政出動資金を国債で調達しても、財政の持続可能性は維持される(井堀他[二〇〇〇]一〇頁)。
     だが、実証研究では、日本の長期停滞期の経済は動学的効率性を満たしている(田中[二〇〇五]など)。

        井堀利宏、加藤竜太、中野英夫、中里透、土居丈朗、佐藤正一[2000]「財政赤字の経済分析 :中長期的視点からの考察」『経済分析 政策研究の視点シリーズ 16』経済企画庁経済研究所(2000 8月)
        田中宏樹[2005]「政府投資活動の動的効率性に関する実証分析」『フィナンシャル・レビュー』 第 79

◎  しかし、そもそも、この観点は、基本的に長期の新古典派的な枠組みが前提となっており、・・・貯蓄は全額が企業に借り出され設備投資になることが仮定されている(つまりセイ法則が成立している状態を仮定している)。したがって、これは需要不足がない状態で、(長期で)現在と未来の資金配分の効率性を捉えるものだ

    つまり、動学的効率性は不況とは無関係に成立しうる。そもそも動学的効率性とは、セイ法則が成り立つ長期で使われる概念であり、不況や長期停滞などの「短期の」問題にこれを適用する意味はないと考える
    つまり、これを使って不況下の財政出動の問題などを考える意味はない。

    この問題については、拙著『日本国債のパラドックスと・・・』(2013)でもう少し詳しく説明している(150〜152ページ)。

2014年10月8日水曜日

New Economic Thinking6 クラウディング・アウトは不況下では生じない

New Economic Thinking6
              〜クラウディング・アウトは不況下では生じない〜生じにくい〜

    政府が財政出動の財源として国債を発行すると、債券市場では債券の超過供給となって、債券価格が下落する(=金利を高くしないと売れない。つまり債券の発行金利は上昇する)。すると、民間企業が社債を発行しようにも、高金利でないと売れず、民間企業は、資金調達ができなくなる。つまり、国債の増発が民間の資金調達を圧迫する

   これによって、民間の設備投資が減少し、財政出動の経済効果は民間設備投資の減少で効果が相殺されてしまうというのが、クラウディング・アウトである。

    しかし、リーマン・ショック後の世界同時不況下の先進各国や90年代初頭のバブル崩壊後の日本では、こうした傾向は実際にはみられない(例えば景気循環学会他編[2002]は、90年代から2000年代初頭までは「金利の上昇などのクラウディングアウト現象は起こっていない」と述べている(217))。
         景気循環学会・金森久雄編[2002]『ゼミナール 景気循環入門』東洋経済新報社

    これが生じないメカニズムは、「New Economic Thinking  2で述べたメカニズムによる。すなわち、原因は、財政出動が行われるのは不況期である点にある不況期には、財・サービス市場の需要が低下して、その需要として使われなかった資金は、貨幣市場や債券市場に流入して、これらの市場は超過需要下にある。つまり、貨幣市場、債券市場は、資金があふれている(New Economic Thinking5の中段では、この点について少し詳しくコンパクトに説明している)。これはワルラス法則を厳格に解釈すれば当然のことだ。
    だから、財・サービス市場の需要不足の範囲で国債が発行される限り、債券市場は超過需要下にあり、債券を買うための資金は余っている状況である。したがって、資金は潤沢であり、金利はそもそも上昇しないか、上昇が緩やかになる。このため、民間企業の資金需要が、国債発行で抑圧されることもない。

    つまり、クラウディング・アウト不況下では生じないと考えてよい。

   ただし在庫変動レベルの軽微な景気変動の場合、不況は短期で終わるため、認知ラグや決定ラグで財政出動が遅れて、財政出動の時期が景気の自律的な回復期と重なることが少なくない。すると、確かに、政府と民間の資金需要が競合してクラウディング・アウトは起こり得る。
    しかし、大恐慌、日本の90年代初頭バブル崩壊後の不況、リーマン・ショック後の世界同時不況といった長期停滞を伴う重い不況(拙著では「重不況」と呼ぶ)では、こうした時期のずれは生じない。


    ただし(その2)、以上は、通常の意味でのクラウディング・アウトつまり資金調達上のクラウディング・アウトだ。
    これを財・サービス市場における供給力の政府と民間の取り合いという意味に拡張して使うと、現在の日本では、建設工事の供給制約が強いため、クラウディング・アウト的な現象が生じているようだ。
    これは、日本が、これまで持続的かつ急速に公共投資を削減してきた(公共事業は、95年に比べて半減以下に減少している=「財政出動論32 『財政レジーム』転換と『長期停滞」後段の図3(公的固定資本形成の変化)参照)ため、建設業界は、それに合わせて供給能力を削減してきたことで生じている。
    このため、現在の日本では、経済対策としての財政出動を公共事業の形で行っても、すぐに供給の天井にぶつかり、景気対策としての効果には制約が生じている。
    これは世界の中で日本だけに生じている問題である。だから、仮に、消費税増税で今後の景気状況がさらに悪化しても、対策が限られている状況である。金融政策で対策を取っても、効果が生じるのは1、2年先であることから、取り得る対策は限定されているという状況にある。まあ、財務省や日本の世論の自業自得と言うしかない。
 


  

New Economic Thinking5 マンデル=フレミング・モデルは不況下では機能しない

New Economic Thinking5
                   〜マンデル=フレミング・モデルは、不況下では実態と異なる結果を導く〜
(関連)New Economic Thinking  2

改訂:280211 中段で、不況下では、財・サ市場での需要不足に対応してワルラス法則にしたがって)超過需要が生ずる市場貨幣・債券市場であること、したがってマンデル=フレミングモデルの不況下の財政出動の影響分析の出発点には問題がある点の説明を詳しくした(挿入)。261202 注がわかりにくかったので書き直し 261022 実証研究について注を追加。

    このことについては、すでに「New Economic Thinking  2」でふれたが、単独の項目として再掲しておく。

    マンデル・フレミング・モデルは、資本取引が自由化されている(開放経済の)小国で財政出動が行われると、そのための国債発行で国内の資金需要が上昇して国内の債券市場では債券資金需要が増加するとともに、金利に上昇傾向が生じることを前提とするものだ(大国の場合は、実際に金利が上昇するはずだ)

   このため、海外から資金が流入して自国通貨高となるため、輸出が減少し、それが財政出動の効果を相殺してしまう。したがって、財政出動には効果がないという結論になる。

    ところが、こうしたことは、長期停滞下の日本や、リーマンショック後の先進国では、実際には観察されていない。また、過去の実証研究は、好況期と不況期の区別がないものが多い

        注)例えば、軍事支出の影響を対象としたバロー=レドリックBarro & Redlick 
             [2010])。軍事支出は、好況か不況かに無関係に支出が増減するから、不況
            下での財政出動の影響とは異なる結果になる。
                   Barro ,Robert J. and Charles J. Redlick [2010] Macroeconomic Effects from 
                     Government Purchases and Taxes,mimeo.

         2)また、軽微な景気変動下では、財政出動のラグ(認知、決定、執行のラグな
           ど)で、タイミングが遅れるため、景気拡大と財政出動のタイミングが重なる
           場合が少なくない。すると、景気拡大〜好況期に財政出動が行わてしまい、そ
           の影響が取り込まれてしまう。
               さらに、恒常的に供給側に問題を抱える開発途上国や米国など(米国は貿易
           収支に巨額の赤字があるから、供給側に問題があると言える)のような国は、
           軽微な不況の場合、需要不足の影響が小さくなる傾向がある。つまり、需要不
           足があるかどうかがマンデル=フレミング効果の発現に重要だと考える観点で
           は、実証に使うべきではない対象事例になる。
               一方、このように、需要不足かどうかがマンデル=フレミング効果に影響
           ると考える立場からすると、長期停滞下では、要不足が大きく、かつ需要
           足の持続期間が長いため、ラグのために財政出動が遅れ、好況期に財政出動
           行われてしまうという問題はなくなる
               こうした点を適切に考慮していない実証研究には、意味がない。
              

   原因は財政出動が行われるのは不況期である点にある不況期には、財・サービス市場の需要が低下して、その需要として使われなかった資金は、貨幣市場や債券市場に流入して、これらの市場は超過需要下にある。つまり、貨幣市場、債券市場は、資金があふれている。
    これは、ワルラス法則に従えば当然のことだ。

        注)債券市場が超過需要で、資金があふれているとは債券のい手が多いのに
           債券の供給=新規発行が不足している状況・・・New Economic Thinking  2
           参照。

    ワルラス法則は、財・サービス市場で需要不足があれば、他の市場で同規模の超過需要が存在しなければならないことを意味する。
    念のためあらためて(New Economic Thinking  2」や「New Economic Thinking11」の中段「◎重不況(大恐慌、リーマンショック後の金融危機・世界同時不況など)では」の項などと重なるが「他の市場」がどこかを考えてみよう。財・サービス需要が不足すれば、企業は生産を縮小する。したがって、労働市場も需要不足(労働需要が不足し失業が増加)となるから、それは労働市場ではない。労働市場の需給は、基本的に財・サービス市場と同一方向に変動している。
    また、不況になれば、企業は、取引先企業の倒産や銀行側の貸し渋りなどのリスク増大に備えて、資金を流動性の高い状態で保有しようとする。したがって、資金を固定するような資金が急に必要になったとき、すぐには売れない。すぐに売ろうとすると買いたたかれる)土地市場に資金は置かない。こうした状況に即座に対応できる、最も流動性の高い資産の保有形態は、貨幣であり、それについで債券である。
    一方、財・サービス市場で需要不足が発生している状況では、企業の売上見通しは低下する(不況である)から、株式市場は値下がり傾向となる。つまり、株式市場も対象ではない。
    つまり財・サービス市場の需要不足に対応して(ワルラス法則に従って)超過需要が生ずる市場とは、貨幣市場か債券市場なのである。財・サービス市場で需要不足があるとき、ワルラス法則に従って、貨幣市場、債券市場では超過需要が発生している状況のである。
   ところが、マンデルフレミング・モデルでは、財政出動の影響を検討する際に、貨幣市場は需給均衡状態から出発するこのモデルの出発点の仮定は、ワルラス法則に反している。 

    なお、こうした貨幣・債券市場の(出発点での)需給均衡の仮定(想定)は、その他のIS/LMモデルを使った分析やニューケインジアンのDSGEモデルを使った分析でも、一般的である。だが、こうした(『標準的な』)想定は、ワルラス法則に反しているだけでなく、実証的にも支持されないと考える。
    たとえば、重い不況下では、企業リスクの増大に備えるとともに、需要の将来見通しを低下させる。その結果、企業は生産を抑制して生産コストを削減(雇用削減)するとともに、設備投資等を抑制するから企業は資金余剰を拡大させる(あるいは資金不足を縮小させる)。その資金余剰は、不況の深まりによって財政赤字拡大する政府に金融機関を通じてファイナンス(国債投資【=債券投資】の増大)される。つまり、不況が深くなると、債券市場に企業部門の余剰資金が流入するのである。だからこそ、不況下では、(金融緩和政策なく、金融政策が中立であるだけでも)金利が低下する。こうした貨幣債券市場の動向は、財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」の部門別資金過不足のグラフで明らかだ。このページの一つ目のグラフは日本について詳しく説明している。また、後段の米国のグラフも、同様の状況を示している。

     つまり、不況下で、財・サービス市場の需要不足の範囲で国債が発行される限り、債券市場は超過需要下にあり、債券を買うための資金は余っている状況である。したがって、金利はそもそも上昇しないか、上昇が緩やかになる。この結果、海外からの資金が流入することはないから、自国通貨高となることもないから、輸出が減少することもない。

   つまり、そもそも、マンデル・フレミング・モデル不況下では機能しないのである。


   ただし在庫変動レベルの軽微な景気変動の場合、不況は短期で終わるため、認知ラグや決定ラグで財政出動が遅れて、財政出動の時期が景気の自律的な回復期と重なることが少なくない。すると、確かに、資金需要が競合して、
マンデル・フレミング・モデルが想定するようなことが起こる。
    しかし、大恐慌、日本の90年代初頭バブル崩壊後の不況、リーマン・ショック後の世界同時不況といった長期停滞を伴う重い不況(拙著では「重不況」と呼ぶ)では、こうした時期のずれは生じない。



2014年10月7日火曜日

New Economic Thinking4 日本国債のパラドックス/財政再建を急がないと破綻か

New Economic Thinking4 〜日本国債のパラドックス/政治家には現在の超低金利は日銀の努力のたまものと考える人が多い〜
→(関連)New Economic Thinking  2

改訂:261124 クルーグマン・インタビューのリンク先が誤っていたので修正。261008 タイトル修正+New Economic Thinking  2」から『1 日本国債のパラドックス」の項をコピーして再掲挿入

    現在の消費税増税に対する政治家の動向や財務省の「努力」をみていると、現在の日本の国債発行の安定、世界最低水準の国債発行金利は、日本銀行の努力によってかろうじて支えられており、それはちょっとした投機的な動きによって瓦解しかねないという強い危機感、過剰な怯えをもっている人達が多いと感じる。特に法科出身者には、そうした考えの人がいるように感じる。
    こうした誤解について、「New Economic Thinking  2(資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系」の観点に基づいて、あらためて整理する。
        注)なお、国債の発行は、現在の世代のつけを将来の世代の負担として課すも
            のだという常識的主張が誤りであり、国債の発行は、すでに現在の世代が負
            担しているという点については財政出動論25 リカード中立命題と負担の
            次世代先送論を参照。
               また、関連・・・「財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性

    まずはじめにNew Economic Thinking  2」でこの問題についてふれた内容「日本国債のパラドックス」を1で、ほぼそのまま再掲する。

1 日本国債のパラドックス
    日本の国債の発行残高が巨額に達しているにもかかわらず、依然として巨額の国債発行が安定的に続けられており、しかも、国債発行金利は世界で1、2を争うほど低い水準にあるというパラドックス(拙新著のタイトルに含まれる「日本国債のパラドックス」はこの意味)がある。

    これを経済学者たちは、依然として不思議がっているか(例えばクルーグマン(注))、日銀の努力でかろうじて維持されているのだろうと漠然と考えている。だが、これほど巨額の国債発行を、日銀が単独で支えられるわけがない。異次元緩和前でさえ、日本の国債発行金利は、世界でも最低レベルだったのである。
    こうした安定的な環境は、財・サービス市場で需要不足が発生し、そこで使われなかった資金がストック(資産)市場である貨幣市場や債券市場に流入していることで生じているのである。これにより、貨幣市場と債券市場に超過需要が生じているのだ。であれば、債券価格が高くなり(=金利が低下し)、資金が潤沢な債券市場で国債発行が円滑なことは当然である。これはワルラス法則を考えれば当然のことだ。
        注11)クルーグマン:(日本国債について)「私ですらこんなに債務水準が高
             くなっているのに信任が失われているいかなる兆しも見られないことに驚
             いていると言わざるを得ない。」
          出所:「NHKBiz plus:ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授へ

                       のインタビュー 7/30/2012」『クルーグマン経済学の翻訳ブログ』
                       http://anomalocaris89.blog69.fc2.com/blog-entry-192.html
                  ※2014.11.24 リンク先が誤っていたので修正しました。

2 日本の超低金利は日銀の政策によるわけではない

    もちろん、日銀の努力が重要であることは疑いがない。特に投機対策としての日銀の役割は大きい。しかし、現在の超低金利の原因の大半は、日銀とは無関係だ。

    上の1でみたように、金利の低下は、毎年、財・サービス市場の需要不足(重い不況)で使われなかった資金(購買力)が、コンスタントに、債券市場、貨幣市場に潤沢に流入し、それによって債券市場と貨幣市場が超過需要になっていることで生じている。これは、ワルラス法則に則してみれば自然なことだ。

    例えば、日本の80年代後半の長期金利(10年物国債発行金利)が5%前後であるのに対して現在は1%を切っている(例えば「New Economic Thinking2」の図5参照)。その差4%を日銀が単独で引き下げているとしたら、たしかに日銀の努力によってかろうじて維持されているのであり、危うい。
    しかし、4%もの金利差を日銀がコントロールできると考えること自体、常識を欠いた議論だ。日銀の市場コントロールは、基本的に市場の需給を調節することで行われているのであり、それは、異常に低い発行金利の国債の需要が実際に存在するからこそ可能になっているのだ

    もし、景気がよく、企業が設備投資を活発に行っているなら、金融機関や投資家は、そうした企業に向けて、はるかに高金利・高リターンで設備資金を貸付けあるいは投資できるから、超低金利の国債に対する需要はなくなってしまう。買い手が存在しない市場では日銀の需給調節も何もない。
   買い手が出現する水準の高金利で国債が発行されていてはじめて、国債に需要が生じ、そこではじめて日銀の市場調節が機能し出すのである。この結果、発行金利は買い手が出現するレベルまで上昇(=長期金利の上昇)していく。・・・その結果が(つまり、それですら)、今の世界最低水準の長期金利なのである。
    そして、買い手が出現する水準の金利がどの程度かを決めているのは、日銀ではなく、財・サービス市場における財・サービス需要の水準であり、そこでどの程度の資金が使われるかである。財・サービス市場で消費、住宅投資、設備投資などが活発であれば、そのための資金需要で貸出金利や社債発行金利が上昇し、低金利の商品(低金利の国債など)には見向きもされなくなる。

    これは、国債発行の安定性と発行金利の低下を支配しているのは、結局、財・サービス市場の需要不足の大きさだということである。日銀は、有力ではあるとしても、そうした状況の下で市場に参画しているプレーヤーの一つにすぎない。

   だから、現在、日本国債の発行金利が世界最低水準であり、それで円滑に国債が消化されているのは、(日銀の曲芸とか超人的努力によるなどというのではなく)、単に不況で財・サービス市場で需要が不足し、そこで使われなかった資金が債券市場や貨幣市場に毎年大量に流入して、資金がダブついているというだけのことだ。日本で重い不況が続く限り、国債の発行は安定を続けるしかない。

    では、財・サービス市場の需要不足はどの程度だろうか。現在、政府は毎年数十兆円の新発国債を発行している。それでも長期金利が世界最低水準を維持しているということは、政府の新発国債の発行規模よりもさらに大きな財・サービス市場の需要不足(超過供給)があるということだ。これは、GDPの1割前後の「民間需要の不足」が恒常的に存在しているということを意味する。

    繰り返すと、日本国債の発行が極めて安定し、発行金利が世界最低水準であるのは、財・サービス市場の需要不足が長期にわたって続いていることを意味している。日銀がぎりぎりの努力で支えているわけではない。

3 景気回復すれば金利が上昇していくけど・・・(おまけ)

    では、景気が回復していくとどうなるかである。景気が回復すると、財・サービス市場の需要不足が解消していき、それに応じて、債券市場や貨幣市場に流入する資金(購買力)は縮小していく。したがって、債券価格は低下し債券金利は上昇していくから、国債発行金利も上昇せざるを得ない。これが正常な経済であり、これを避けることはできないし、すべきでもない。

    しかし、国の国債金利の支払いは、直ちには増加しない。新発国債と、償還年限の来た既発国債の借り換えの際に、その分ずつ支払い金利が上昇していくが、発行済みの国債の大部分の金利は変わらない。したがって、全体としての平均の支払金利は緩やかに上昇していくだけである。
    一方で政府の歳入も増加する。歳入の増加要因は、次のように少なくとも4つある。

① 名目GDP成長による税収増加
    第一は、成長に伴う税収増である。例えば、2013年度の税収の決算見込みは約47兆円であるが、これを2012年度の税収(決算額)43.9兆円と比較すると、約7.1%税収が伸びている。
    2013年度の名目GDP成長率は1.9%(二次速報値)なので、13年度単独でみれば税収弾性値は3.7だったことになる。これは、名目GDPが1%成長すれば、税収は3.7%増加することを意味する(「税収弾性値」は(弾力性ではなく)、単純に名目GDP成長率で税収増加率を割った値である)。
    なお、岩田一政氏を座長とする内閣府の研究会報告書「経済成長と財政健全化に関する研究報告書」(2011年10月17日付け)では、増税などの法改正の影響を除去した場合の税収弾性値は、2001年〜2009年で平均して3.13となっている(同報告書16ページの表)。

    需要不足が解消されていく景気回復過程では、このように税収の伸びが高くなるのである。税収の増加は、当面の国債の新規発行を急速に小さくしていく。これは、景気回復に伴う債券市場等への資金の流入の縮小に対応する。また、これは、長期の財政見通しに関しても、いわば発射台を大きく変えることになるため、長期の見通しに大きく影響する。
    これに対して、財務省は、税収弾性値に関して、かたくなに長期の1.1を使うため、財務省支持派の強力な学者先生方との税収見通しの議論は常にかみ合わないのである。

② 金利上昇による利子配当課税の増加
    第二に、名目GDP成長がない場合でも、金利が上昇するだけで(GDPの上昇ほどではないが)、政府税収は大きく増加する。利子・配当課税による税収増加である。利子や配当には20%程度の課税が行われている。
    日本の国内金融資産のうち家計と非金融法人企業が持つ分は(株式や海外資産を除いて)2000兆円を超えるので、1%金利が上昇すれば、20兆円程度利子配当所得が増えることになる。税率が2割として4兆円税収が増えることになる。
    これは、GDP成長と金利上昇が重なって生じれば、①のGDP成長による税収増加に含まれるが、実質成長がなく金利だけが上昇しても、これ単独で税収が増えるのである。もちろん、金利が上昇しても、実際にそれがすべての金融資産の金利に反映されるにはラグがある。しかし、上で述べたように、国債支払金利の上昇にも大きなラグがあるのだ。
    なお、13年度には金利の上昇はなかったから、上記①の説明のなかで見た13年度の税収増加3.1兆円の中には、当然ながら金利上昇の効果は含まれていない。

③ GDP成長・金利上昇による政府保有の金融資産からの利子配当収入の増加
    第三は、政府保有金融資産からの収入である。政府保有の金融資産(株式、海外資産を除く)は70兆円ほどなので、1%の金利上昇で0.7兆円ほど金利収入増がある。これも、名目GDP成長がなくても、金利が上昇するだけで歳入が増加する。

④ 日銀保有の国債の金利の増加
    以上で十分と思われるが、第四に、日銀が金融調節などのために保有してきた国債の利子が金利上昇で増加すれば、その増加分は、日銀の利益に伴う政府納付金として国に納付される。日銀の保有する国債は、黒田日銀の異次元緩和(質的・量的緩和)政策で急増している。

まとめ

(上記2から)日本に巨額の政府累積債務があり、上記1で引用したクルーグマンの発言にみるように、不安を感じられるのも無理はない。しかし、クルーグマン自身も驚きつつ認めざるを得ないように、日本国債の発行は(巨額の累積債務を持つにもかかわらず)極めて安定している。
    これは、New Economic Thinking2」の観点からすれば、当然のことだ。重い不況が続いているからこそ、財・サービス市場で使われなかった巨額の資金(購買力)が、毎年新たに債券市場に流入しているのだからだ。
    だから、景気回復が具体化しない、先走った段階で(14年4月の消費税増税の影響が払拭できない段階で)財政再を急ぐ理由はない。
  
(上記3から)金利が上昇すれば、国債の利払費が増加するが、それをまかなう程度の収入は増加すると考える。仮に一時的に過不足が生じるとしても、それは一時的に国債発行量を調節すればよい。

   かといって、増税がまったく不要だというのではない。増税は中長期的には必要だと考える。かといって増税の規模が、世上で言われているほど大規模である必要はないと考える。この点についての参考:「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」。

    もちろん、ある程度の増税は必要だとは考えるが、それは景気が十分に回復してから行えばよいのだ。それまで、増税を遅らせても問題はない



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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合、何がしか参考になる点がありましたら、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このページだけでなく、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。