2014年5月6日火曜日

財政出動論34 輸出立国政策と企業の内部留保

改訂:26.5.7夕 末尾の3に(6)などの追加ほか文章修正

   ここでは、「輸出立国政策」とは、純輸出(貿易黒字)を増加させるために為替レートを恒常的自国通貨安に維持する政策をいうことにする。

    この問題については、すでにこのブログでも「輸出立国政策は日本国民にとっては必ずしも良い政策ではない」(2010年10月)で簡単に述べている。また、拙旧著『重不況の経済学』(新評論。2010年11月刊)第3章(130〜135頁)で簡単に取り扱っている。また、実は、拙新著「日本国債のパラドックスと・・・」でも1章分を使って、この問題を論じる予定だったが、全体のページ数が多すぎとの指摘で、泣く泣くまるごと削除した。

   ここで、あらためて取り上げるのは、昨日の日経で、編集委員の滝田洋一氏の記事「内部留保はどこに行ったのかにこれらの拙著等の観点が正しい証拠が示されたからだ。・・・拙著の観点と言っても国際的な取引に係わる、ごく当たり前のロジックで、輸出立国政策の問題点が導かれるということなのだが。
    記事の概要はつぎのとおり

企業の内部留保は2012年度末で合わせて304兆円・・・消極経営の代名詞とされている。内部留保とは毎年の利益から税金と配当を差し引いたおカネのこと。・・・
    資本金1億円以上の企業の12年度末の内部留保は189兆円。・・・1998 年度末(は)101兆円。その間に有利子負債を・・・49兆円圧縮しつつ、内部留保も88兆円蓄えてきた。・・・
     目立って増えたのは長期保有株式である。98年度の59兆円から12年度の195兆円へと136兆円増加した。3倍だ。直近5年間の増加額は73兆円にのぼる。
 ・・・リーマン・ ショックや震災、超円高を背景に、企業が海外投資や海外M&A(合併・買収)を加速したのである。一方、国内の設備投資はリーマン後の落ち込みから立ち直れずにいる。その結果、有形固定資 産は98年度の277兆円から12年度は241兆円に減少してしまった。   」・・・・・・(2014年5月5日付け)日経内部留保はどこに行ったのか

    そもそも、経常収支が恒常的に黒字の国では、必ず海外投資が恒常的に増加するのだ。・・・もちろん、国内の投資が増えないのは、国内需要の伸びが見込めないために、国内に投資する意味がないからである。そして、国内需要の伸びが見込めないとすれば、海外市場を求めるざるを得ない。つまり輸出依存型経済になる。そして、輸出依存のためには自国通貨安でなければならないから、必然的に(なぜ必然的になのかの説明は下で行う)海外投資が増えることになる。もちろん、それは海外市場を重視するということでもある。つまり、「経済が外需に依存する」ことと「海外投資が増加」するのは、問題の表裏なのだ。以下で、そのメカニズムを見てみよう。

1 一国レベル

    仮に一時的に輸出が輸入を超過したとしよう。貿易収支黒字である。このとき、外貨で受け取った輸出代金全額を自国通貨(円)に換えるには、輸出代金として受け取った外貨を売って自国通貨(円)を買うことになる。つまり、自国通貨(円)の需要が増えて、自国通貨高(円高)になり、経常収支は(貿易収支も)均衡してしまう。つまり、貿易黒字は事後的に消滅する。
    経常収支黒字を維持するには、受け取った輸出代金の外貨を外貨のままで保持すればよい。国際収支統計では、それは、資本収支の赤字として計上される。資本収支の赤字とは、海外投資であり、海外の国々への貸出でもある。

    つまり、経常収支が黒字の国では、必ずそれと同額だけ海外投資が増えなければならないのである。これは、実証的に計測したらそうなるというのではない。財務諸表でBSの左側(資産側)の合計と右側(負債側)の合計が一致するのと同じ意味でそうなるなのだ。国際収支取引の会計的な手続きに従って、論理的にそうならざるを得ないのだ。これは、次の国際収支統計表の構造を見るだけで明らかだろう。国際収支及びこの表では次の恒等式が成立している。
     経常収支=資本収支+外貨準備増減(+誤差脱漏)


   さて、逆に、その国が海外投資を積極的に行うと、そのために、自国通貨(円)で投資先国の通貨を買う(つまり、円を売り相手国通貨を買う)から、自国通貨安(円安)になる。海外投資増加は資本収支赤字の拡大だから、経常収支黒字も拡大する。その黒字は自国通貨安によって輸出が増えることで実現するわけだ。

2 企業レベル

     このとき(つまり経常収支黒字のとき)、企業レベルではどうなるか平均的には、企業は受け取った輸出代金のうち、経常収支黒字の比率分だけ、海外通貨で資金を保有している。これは海外に貸しているのであり、言葉を換えれば海外に投資しているのである。

   輸出企業は、平均的には輸出代金のうちの黒字分を自国通貨に換えていないので、自国での支払いには充てていない輸出代金は、輸出財を生産するためのコスト等として、賃金、配当、利子支払い、地代、中間財の代金などの形で、本来は国内で支払われるべきものだ。しかし、その一部(経常収支黒字分の比率《=経常収支黒字/経常収支収入総額》)に相当する分だけは、国内の経済主体には支払われない。それは、会計的には「内部留保」になる。

   もちろん、内部留保の原因としては、このほかに、企業がさまざまな方針に基づいて、国内的に、意識的に賃金支払いや配当を抑制することで生じる分などもあるが、近年の内部留保の原因で最も大きなものが、この海外での資金保有であることは、国際収支のメカニズムと日本の過去の経常収支黒字の規模から明らかだ。

   だから、日経の記事は当然のことなわけなのだ。

3 再整理

   このことを、別の観点から整理し直してみよう(以下は、今年の2月20日のツィッターで連投した内容を再度整理したもの)。

(1)貿易黒字は高度成長の条件ではない
    今の貿易収支の赤字化問題は別にして、本来、貿易収支はトントンであるべきだと考える。次の図は、高度成長期には、貿易収支が赤字と黒字を繰り返していたのに対して低成長期〜停滞期になってから、巨額の黒字を示すようになったことを示している。
    これは、第一に、貿易黒字(=純輸出>0)が高度成長の条件ではないこと。第二に、低成長は巨額の貿易黒字でも解消できないことを示す。むしろ、低成長の原因は巨額の貿易黒字である可能性すらある。
データ出所:財務省

(2)経常収支黒字のとき通常は資本収支は必ず同額の赤字(=資金流出)
    これには理由がある。より広く経常収支で考えれば輸出競争力が強くて経常収支が巨額の黒字の場合、政府の為替介入がなければ資本収支は必ず同額の赤字になる。その分は海外資産の増加であり、輸出生産物の生産コストとしては国内では支払われない。つまり、企業の海外資産が増えるだけ。
    なお、『政府の為替介入」があると「外貨準備増減」が変化する。外貨準備増加で保有する外貨は、海外国債等で運用されるので、主体が政府であるだけで資本収支赤字と同じ。

(3)経常収支が恒常的に黒字だとその分は国内の支払いに回らない→内需不足
    その海外資産を国内の支払いに充てるために海外で売って得たドルを円に替えると、円高になって経常収支黒字は消える。つまり、海外資産をため込むこと、円に換えて国内に持ち込まないことが経常黒字の必須条件なのである。結局、経常収支黒字の分は、輸出製品を作った際の賃金、利子、配当として家計にはわたらない。企業の内部留保になるだけなのだ。つまり、輸出代金のうち経常収支黒字分は国内には還流しない

(4)黒字分は海外流出→内需が盛り上がらないのは当然
    したがって、経常収支が黒字だから、国内経済がよいとは言えない。稼働率は上がっている。雇用も増える。だが、国内経済で生産のための支払いに充てられるべき輸出代金のうち黒字分は国外に流出したままなのだ。つまり、家計は、経常収支黒字分だけ低賃金で働くことになる。内需に回るべき資金が海外に置かれ、国内に還流しないのだから、内需が盛り上がらないのも当然だろう。一方、輸出企業は海外資産が増えてよいのだが。
    こうした意味で、需要項目としては、他の民間消費、設備投資、政府財政出動と、外需純輸出)は異なる特性を持っているのだ。設備稼働率を上げ、雇用を増やす点では他の需要項目と同じだが、賃金を含む様々なコストへの支払いは、他の需要項目の生産の場合とは異なって、(黒字分だけ)少し小さいのである。この意味で、不完全な」需要項目だと考えればわかりやすいかもしれない。

(5)貿易黒字が国内経済に波及する経路=輸出向け生産設備の設備投資
   輸出がどんどん増え続ける途上国では、輸出製品製造の為の「設備投資」が活発に行われ、それで国内経済に波及する。これに対して、日本など、経済の巨大化で輸出の恒常的成長が期待できない先進国では、貿易黒字が続いても国内の生産設備の拡張はそれほど必要がないから、設備投資も消費も増えない(リーマンショック前の米国バブルによる輸出は例外)。だから、上のグラフで日本の貿易黒字が恒常化してから、日本が低成長、停滞期に入ったことは、当然なのだ。

(6)輸出立国政策
    国内需要の不足の結果、外需に依存するようになった経済は、自国通貨高に敏感に反応するようになり、自国通貨安の維持が重要な命題になる。その結果、『輸出立国政策』が自然に選択されるようになる(しかし、リーマンショック後の円高は明らかに行き過ぎだったと考える)。輸出立国による経常収支黒字で、内需は抑制されるから、それはますます輸出立国政策を強める(具体的にはより強く自国通貨安を求めるようになる)。

    ただし、以上は、中長期でみて輸出立国政策に問題があることを意味するのであって、短期の景気悪化からの回復のために輸出を伸ばす政策に効果があるのは当然である。