2014年8月20日水曜日

財出35B 資金循環で見る「異次元緩和」後の1年

改訂:26.8.23 13年度に関して少し説明を付加。26.8.22 am10:30 金融機関の「資金不足」の意味の解説を追加(後半の注のなお書き)。am9設備投資メカ部分をさらにわかりやすく字句修正。26.8.21 pm3 冒頭部分でグラフの読み方を追加。am11 字句修正と設備投資不足のメカニズムに関連する若干の追加。
関連:「財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年の日本経済」 

    日銀の資金循環統計に、2014年の第1四半期分が掲載されていたので、年度で13年度分までデータが揃った。そこで、あらためて長期停滞下の日本経済を見るとともに、異次元緩和開始から、ちょうど1年を経過した日本経済を過去の状況と比較してみよう。

1 AとB・・・設備投資の縮小こそ長期停滞の直接の原因
    〜グラフでAからBへの転換(企業部門の資金不足→資金余剰)が停滞の原因〜

    まずあらためて図の見方を説明すると、各年度で、ゼロより上の部門は(その年度で)資金余剰が生じ、それを他部門に貸したことを意味する。一方、ゼロより下の部門は(その年度で)資金不足が生じて、他部門から借りたことを意味する。
    1円でも誰かに貸すためには、必ず1円を借りる相手がいなければならないから、資金余剰部門の余剰額と資金不足部門の不足額を合計すると必ずゼロになる。
    これがまあ「循環」の意味。

海外:まず、ここで「海外」(紫色)のマイナスは、海外部門が資金不足で借り入れをしたことを意味し、その額はまあ経常収支の黒字(=資本収支の赤字)に等しい。過去30年余コンスタントにマイナス側(=経常収支黒字(=資本収支赤字))だったが、13年度には、それがほとんど消失した。これは今話題になっている経常収支黒字の縮小に対応している。

一般政府: つぎに「一般政府」(橙色)は、国、地方公共団体と社会保障基金(年金など)の合計である。
    一般政府の資金不足は2つの原因で生じ得る。不況対策のための財政出動(支出の増加)と、不況による税収の減少である。このほかに放漫財政があり得るが、日本ではこの要素は小さいと考える(「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照)
    逆に、資金不足縮小の原因は、財政緊縮(財政再建のための支出削減)又は税収の増加である。

    では、一般政府の資金不足(橙色)は、日本の長期停滞下では、何によって規定されているのだろうか。上のグラフでわかるように、90年代後半の企業部門の資金不足の縮小と共に、政府の赤字が増加し、98年以降の企業部門の資金余剰への転換と共に、さらに政府の資金不足が拡大し定着していることがわかるだろう。
    より詳しくは「「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照)。

家計家計部門(黄色)は、通常の国ではどこでも、資金余剰であるのが普通だ。経済全体の中では、家計が行った貯蓄を、資金不足部門である企業部門が金融機関を介して借入れを行い、設備投資を行うというのが正常な姿である。
    グラフを見ると、この時期の日本の家計部門の資金余剰は、Aに比べてBの期間には縮小していることがわかるだろう。Bの期間になってからは、家計は、収入の使途の内訳で、貯蓄を減らして支出つまり消費や住宅投資に使う割合を高めている。家計は限られた所得の中で、目一杯消費を行っている状態だと言える。

非金融法人企業: 「非金融法人企業」(赤色)は、金融機関以外の「一般企業」のことである。上で書いたように、通常、一般企業は、家計(黄色)の貯蓄(資金余剰分)を借り入れて設備投資を行うものだから、企業は通常「資金不足」部門である。グラフで「」の間はこのセオリーどおりの状態である。
    ところが、バブル崩壊後90年代を通じてこれは縮小を続け、97年の消費税増税後、98年度からは「」のとおり、企業部門が「資金余剰」という「異常な」状態になり現在に続いている。現在の日本の長期停滞の原因は、主にこれに係わっていると考える。

   企業部門が資金余剰であるとは、おおむね企業が「設備投資」を縮小しているということである。結局、現在の長期停滞は、直接的には企業が設備投資をしていないことが原因と考えてよい。

    では、企業が設備投資をしない原因がなにかといえば、それは、基本的には消費需要が伸びないからだ。売上が伸びないのに企業が(生産能力を拡張する)設備投資を増やすことはない(→せいぜい更新投資が中心になる)。・・(なお、実質金利などで議論することは問題を見えにくくすると考える)。
    では、消費需要が増えないのは、なぜだろうか。上で見たように、家計は貯蓄(資金余剰)を減らしているのだから、所得の使い道として貯蓄よりも消費が優先されている。家計が消費を能動的に抑制しているとは言えない。つまるところ問題は、家計の「所得」全体が低迷している点にある。
    では、家計の所得低迷の原因は、何だろうか。それは、不況で労働力が余り、(また国際競争の圧力もあって)賃金が抑制されているのだ。
    その結果、企業の取り分が増えている。つまり、企業への分配が増えているのである。本来なら、企業への分配が増えれば、その資金は設備投資に使われるはずだが、合理的に行動する企業にとっては、消費需要が伸びないのに、設備投資を行うのは無意味である。その結果、企業は資金余剰状態を続けている。

・・・まあ、これだけ企業が金余りなのに、さらに企業への分配を増やそうと法人税減税、その一方で消費を減らす消費税増税(結局は法人税減税の財源にもなる)が進行している。

    この2つの増減税で構成される政策ミックスは、需要を支えている主体(家計)の予算を制約させて需要を抑制し、お金が有り余っているにもかかわらず、需要を作り出さない(設備投資しない)主体(企業)のキャッシュフローを増やそうとしているのだから、滑稽なほどのデフレ政策というべきだろう。だが、上でも書いたように、企業が設備投資を行わないのは、消費需要が伸びる見込みがないからであり、それ自体は極めて合理的な行動である。・・・企業を批判することはできない。批判されるべきは政府である。

    以上は、経済が持続的に成長を続けるには、設備投資と消費が揃って成長すべきという観点に基づく。生産能力と(消費)需要は並行して増える必要があるが、長期停滞下では消費が伸びないために、(消費に制約されて)設備投資が抑えられていると考える。設備投資の結果、生産能力が増えても、それで生産される製品を買う力が家計になければ、需要不足になる。
    そもそも、標準的な経済学では、設備投資が増えれば、消費はそれに追随して「自動的に増える」と考える。だから、サプライサイドだけ考えればよいというわけだ。とすれば需要不足はない?
    ・・・しかし、需要不足は、現実には極めて普遍的に存在するように見える。だから、消費などの需要は、完全には投資等のサプライサイドの変動には規定されず、独自に動く部分もあると考えるのが実態に合うと思う。特に(特殊な)米英を除く先進国ではそうである。・・・権丈先生の このページ の最下段あたりも参照。

2 C(07年度)・・・明確な「財政緊縮」の負の効果の実例

    グラフでは、政府資金不足は、03年度から06年度へと順調に縮小したことがわかる。ちょうどこれとは逆に、企業部門資金余剰も縮小している。

    これは、当時の小泉政権期では、政府支出の抑制もあったが、むしろ円安と米国の住宅バブルに伴う輸出増加で、景気が回復(「実感なき景気回復」)し、税収が増加したことによると考えられる。
    輸出企業は、輸出の増加に伴って輸出財増産のために設備投資を増加させたために、企業部門の資金余剰は急速に縮小した(グラフ参照)。一方で、それによる(需要増加→)景気回復で税収が増加し、政府部門の赤字(政府の資金不足)も縮小したのである。

    しかし、07年度(グラフで「」の年)には、一転して企業の資金余剰は前年に比べてほぼ倍増している。これは米国の住宅バブル崩壊を見て、企業が設備投資を抑制したことが原因と考えられる。

    なお、設備投資の縮小については、その1年前の量的緩和の終了(06年3月)によって金融引き締めが生じたためとする一部のリフレ派の解釈もある。企業に設備投資意欲があるにもかかわらず、金融引き締めで資金調達ができなかったため設備投資が縮小したと考えるのである。しかし、この解釈では、企業部門の資金余剰「倍増」(企業が資金を余らせた)という事実は説明できない

    このとき、他部門の状況を見れば、まず家計部門の資金余剰は前年の06年度とほぼ同水準、海外部門(輸出)の資金不足も前年並みである。
    さらに、企業の設備投資が急減し、企業の資金余剰が急拡大するという状況下(これは需要不足をもたらす)で、政府部門の資金不足は、前年の低い水準を維持した

    この結果、残る「金融部門」が、企業部門の資金余剰急拡大を吸収せざるを得なくなり、金融部門は「資金不足」となった(グラフの)。

    企業が設備投資を縮小した結果、企業部門の資金余剰増加と共に経済全体として資金余剰が増加した。これによって発生した借り手のない資金は、「金融機関」(水色)の資金不足として現れるしかなかったのである。
    言い換えると、金融機関は家計や企業の余剰資金を預金に受け入れたが、貸出や投資先がなかったため、資金はそのまま金融機関に滞留し、統計にはそのまま金融機関の負債増加として現れたのである。
            注)金融機関の資金過不足とは、主に「貸出(+投資)増加(=債権増加)」
                と、「借入(預金等)などの増加(=債務増加)」の差額である)。

                    なお、「資金過不足」とは、その年度内に増加(減少)した金融資産と
                金融負債の差額を示している。したがって、金融部門以外では、借入(金
                融負債の増加)したお金は、設備投資や消費に使われ、実物資産(生産設
                備)や消費財、貿易財などの実物的な財や資産に置き換わり、その分金融
                資産は減少する。この結果、金融資産と金融負債との間に差額が生じる。
                それが資金過不足である。
                   これに対して、金融部門は、借入した金融負債(家計や企業の預金増加は
               金融部門にとって借入であり、負債の増加にあたる)を通常は、貸し出した
               り、投資(債券購入)したりするが、貸出債権や債券は金融資産だから、
               全な状態では、ざっくりいえば常に金融資産=金融負債が維持されている
                   だが、一般企業の借り入れ需要がなかったり、今のように日銀が大量に国
               債を購入するなどで、十分な貸出先や債券投資が不足すると、負債にくらべ
               て運用資産が少なくなる。これが金融機関の「資金不足」である。資金不足
               といっても、お金が足りないのではなく、負債が多いというだけの状態(資
               金不足だから「借りた」と捉えるだけで、金がないのではない)である。

    このように、資金が金融機関に滞留し、財やサービスの需要として使われなかった結果、その分、財・サービス市場では有効需要が不足し、景気に負の影響を与えた。

    この結果、「実感なき景気回復」は、07年度内の08年2月に山(=内閣府の景気基準日付による)を迎え景気後退期入りした。08年9月のリーマンショックでかき消されてしまったが、日本経済はリーマンショック前に、すでに景気後退期入りしていた。

    原因は、当時の政府が、日本経済全体の変化を無視して、財政赤字の圧縮(国債発行の前年並み水準の維持)にこだわって機動的な財政出動が行われなかったためである。その結果、政府部門の資金不足(財政赤字)は低いまま維持されたが、そのつけは資金的には金融機関の資金不足として現れ財市場では(設備投資の縮小という)需要不足として現れた。リーマンショックがなければ、この事実はもっと明確に示され、重い不況下での財政緊縮の悪影響が明確に示されただろう。

3 異次元緩和後の13年度・・・1年間を資金循環で見る
    〜まだまだ先は長いか〜

    つぎに、年度開始とともに「異次元緩和」が開始された13年度(グラフの「」)をみてみよう。これをみると、金融機関の資金不足の急拡大以外は、12年度とほとんど変化がない。

(1)全体としての資金循環

    まず、海外部門は、経常収支縮小=資金不足を縮小した。一方、企業部門は12年度よりもむしろ資金余剰を増やしている(前年比18%増)。また、政府部門の資金不足は前年度の水準を維持した
    つまり企業部門と海外部門の変動は、資金余剰を拡大させた一方、政府部門は資金不足の水準を変えなかった(=財政出動がなかった)。このため、07年度と同様に、13年度も金融機関がその資金余剰分を吸収せざるを得なくなった。結局、金融機関が資金不足を引き受ける形になったのである。

    つまり、金融機関では、企業や家計の預金を受け入れても(=借りても)貸出先や投資先が不足したため、(比喩的に言えば)受け入れた預金を金庫に遊ばせたままになったのである。

    なお、こうした変動は日銀の異次元緩和とは無関係であり、その影響は受けていない。異次元緩和(質的・量的緩和)とは、まあ日銀が、市中金融機関が保有している国債等を買い上げて、代金を市中金融機関が日銀に開設している当座預金口座に振り込むものだ。これは市中金融機関からすると、国債等に投資していた資金を日銀当座預金口座に振り替えた(日銀に貸したのと同じ。日銀は利子を付けて借りている)だけで、資産としての運用先を変えただけである。これは市中金融機関の(この資金循環統計でいう)「資金過不足」に直接は影響しない。
    この統計で日銀は市中金融機関と共に、金融部門に含まれているから、日銀の異次元緩和による市中銀行への資金供給が、市中銀行から他部門への貸出や投資を拡大させない限り、異次元緩和は、この統計でいう金融部門の資金過不足に(したがって他部門の資金過不足に)影響を与えない。
    金融部門の資金不足は、他の部門の過不足の合計が資金余剰でなければ生じない。両者は同額になる(さもなければ、全部門の合計はゼロにはならない)。
    グラフでこの13年度を見る限り、異次元緩和に係わる資金は、全体としておおむね金融機関間に止まっており、実体経済(財・サービス市場)には、わずかに漏れ出ている程度だろうと言える。

    13年度を通算してみれば、金融機関に使われない無駄金が眠ったために、その分だけ、財・サービス市場の有効需要は(年度を通算すれば)不足していたことになる。駆け込み需要を除けば、消費や設備投資は盛り上がらなかったことになる。


(2)設備投資は未だ明確には増加せず
   リフレ派の標準的解釈では、リフレ政策が開始されると設備投資が増加するが、当初、企業は内部留保(自己)資金を使って設備投資を増やすため金融機関の貸出はすぐには増えない

            例えば・・・岡田靖・安達誠司・岩田規久男[2002]「大恐慌と昭和恐慌に見る
              レジーム転換と現代日本の金融政策」原田泰・岩田規久男編著『デフレ不況
              の実証分析』東洋経済新報社、171-193頁 参照

    しかし、グラフのをみると、企業は12年度よりもむしろ資金余剰を増やしている(前年比18%増)。つまり、1年目の段階ではあるが、まだまだ、自己資金を使っても設備投資を大幅に増やしている段階に達しているとは言えない

    日銀の黒田総裁、岩田副総裁は、(異次元緩和開始後1年半となる)今年の後半くらいから、こうした傾向が出てくるものと考えているのだろう(この見通しでは、14年度後半くらいから企業部門の資金余剰は縮小を開始するはずということ)。・・・だから、追加緩和の必要性を感じないのだ。・・・つまり、今後、数か月でリフレ派の正否が試されることになる。数か月経っても効果が見えないときには、追加緩和ということになるだろう。しかし、その効果が出るまでには、やはり1年半から2年程度の時間がかかるだろう(つまり、間に合わない。この場合、最後は、その間を「期待」でつなげるほどインパクトのある対策が出せるかである)。


2014年5月14日水曜日

財政出動論36 財政赤字・政府累積債務の持続可能性のその後

改訂270303 270301の追加分にさらに若干記述を追加 270301 この頁後半の「星岳雄・伊藤隆敏論文」に関して、大幅に記述を追加(「◎」以下の部分)260514 PM10:30 文章の整理

    「政府財政赤字・政府累積債務の持続可能性」つまり日本が国債を発行できなくなる限界は、国債発行残高が家計の金融資産千数百兆円を上回る点あたりにあるという議論が2010年頃にあった。
    2011年1月の「財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」は、こうした議論が誤っていることを指摘したものだ。
    この議論に付け加えることは現在でもないのだが、その後3年を経過して、この間に見つけた、この財政出動論7と同様の考え方の例を2つ紹介しておこう。

1 「 Yahoo!知恵袋」の日本(国債)が破綻しない理由
 2014年3月28日に「 Yahoo!知恵袋」で、日本国債が破綻しない理由について、わかりやすい説明を見つけ、twitter で次のように紹介した。

「すばらしい、懇切丁寧、いたれりつくせりの『日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)・・なんでこんなに簡単な(経済学的にベーシックな)ことがわからない投資家、ファンドマネージャー、格付け会社、経済学者が多いのか理解に苦しむ。」
財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」(11年1月)は、この(Yahoo知恵袋)」と同様の観点である。また、拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、13年10月刊)でも、同様の議論を簡単に整理している(220〜222ページ)。
             注)ただし、拙著は、日本国債が破綻しないメカニズムの検討自体目的では
                く、そのメカニズムの検討を踏まえて、新しい経済学の理解のあり方を追究し
               ている

     財政出動論7では、この極めてベーシックに思える問題でありながら、経済学者を始めエコノミスト、官僚や政治家などに幅広く誤解されている通念に反するメカニズムをどのように説明すればよいかと考えた結果、いろいろな説明の仕方がありうる中で、結局、「日本の個人金融資産の総額を、公債発行残高が上回ったときに日本国債の破綻が現実味を帯びる」という議論に問題があることに焦点を当てて書いた。そうしたこともあり、少し偏りがあった。

だから、日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)のように、直接的にターゲットを絞った明快な整理もあると紹介しリンクしたわけだ。
  
2 森田(2014)『国債リスク』(東洋経済新報社)
    フローとストックを混同した議論などが誤っている点については、次の本にもオーソドックスで丁寧な解説がある。実務家の視点で書かれているが(意外にも)この本の議論は論理的かつ正確であり、我々の議論とまったく整合的だ。
(森田氏は「SMBC日興証券チーフ金利ステラテジスト・・・通算20年以上にわたって日本の国債市場に関わる業務に従事」とある)

    森田長太郎(2014)国債リスク 金利が上昇するとき』東洋経済新報社  

ただし、日本国債が安定的に消化されている理由として、拙著日本国債のパラドックスと・・・財・サービス市場で需要として使われなかった資金が債券市場に流れ込んでいて、それが国債の消化を安定的にしていると考えている。つまり、重不況下だから、国債消化は安定しているのであり、不況である限りは安定しているが、それが好況に転ずると、国債消化は難しくなると考えている(しかし、好況になれば税収が増えるから、国債発行額は縮小する)。
これに対して、森田氏は、国債消化資金が企業の資金余剰によって消化され、その企業の資金余剰の源泉を労働報酬の抑制を中心とする複数の表層的なメカニズムに従って理解している。しかし、これでは、労働報酬の抑制が解除され国債消化が出来なくなる契機やタイミングを予想することが困難である。
一方、拙著では、その表層的なメカニズムの本質的な背景に不況というメカニズムがあると考える。したがって、国債消化資金の流入が減少する契機、タイミングは、不況の終結であることが明確だ(もちろん、不況が終結し好況となれば、上で述べたように税収が増え、国債発行の必要も減少する)。

3 以上の観点に反する議論をしておられる有力な経済学者
    最後に、以上の我々の観点が疑問に思う、有力な経済学者の著作、ペーパーを改めて紹介しておこう。ただし、誤解もあるかもしれない。

  財政出動論7では、小黒一正先生(現法政大学准教授)(『2020年、日本が破綻する日』日経、2010)などの例を取り上げた。

   上の①のような議論は、2010年までは散見されたが、その後は見ていなかった。ところが、2013年になって、星岳雄(現スタンフォード大学教授)・伊藤隆敏(東大教授)両先生の2012年の論文を発見した。・・・これについては、日本語の簡単な紹介とリンクが『英字紙ウォッチング』の「重力に逆らう日本国債」にある。次に引用しよう。

            「星岳雄、伊藤隆敏両先生による最新の論文が出た。日本の公的債務残高が
            持続可能ではないのに、なぜか日本国債の金利は低位で安定したままだ。『
            どのくらい日本国債の価格は高いままとどまっていられるのだろうか」と問
             いかけている。 
                一つの答えとして、民間部門の金融資産残高を公的債務残高が超えたとき、
            日本国債の金利は急上昇を始めることを示している。そして、大胆な財政再
            建策がとられなければ、今後10年以内にその天井に到達することが予測さ
            れている。」

      (なお、この論文については、すでに拙著「日本国債のパラドックスと財政出動
      の経済学」2013で、付言している)。
  Takeo Hoshi, Takatoshi Ito,(2012),"Defying Gravity: How Long Will Japanese 
Government Bond Prices Remain High?",NBER Working Paper No.18287 .

         また、この2012年論文の観点をベースに、日本経済研究センターの政策提言型
      英文誌 Asian Economic Policy Review の2013年12月号に、"Is the Sky the 
       limit? Can Japanese Government Bonds Continue to Defy Gravity? "を寄稿されて
       いる(この論文の抄訳:「(国債発行残高に)上限はないのか?日本国債は

 政府部門の財政は、マクロ経済全体とは無関係なのか?
    ②は、家計部門単独ではなく民間全体の金融資産残高と公的債務残高を比較している点で①よりはましだが、公的債務残高を、おおむね現在のトレンドを単純に外挿して(つまり単純に増加していくと仮定して両者を比較しているという点でおかしい(「一つの答えとして」とは書いておられるが)。
    これは、著者らが、公的債務残高の動向は、民間経済とは無関係に政府と国会の裁量だけで左右されていると考えておられることを意味する。つまり、政府部門の財政は、マクロ経済全体と無関係だという観点だ。
    しかし、公的債務残高は、税収の減少、失業対策や生活保護などの関係事業など景気の変動に従って自動的に公的債務残高が増加する支出、さらには景気対策のための積極的な財政支出などを介して、民間の経済と結びついており、民間の資産残高は民間の経済と結びついていると考えるのが自然だ。公的債務残高は、経済の動向・経済の変動つまり需要不足と密接に関係していると考えられる。
    このことはリーマンショック後の先進国経済でも、また日本でも経済の推移を見ることによって容易に確認することができる→例えば「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照(ただし、これは資産や負債の累計残高ではなく、おおむね毎年の増減分を見ていることになる)。

◎   民間の資金余剰の増加と公的な資金不足の増加が連動しているのはなぜだろうか
    上記の「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」にみるように、民間の資金余剰(貯蓄)の増加と公的な資金不足(負債)の増加は連動している
    それは、拙著の「重不況の経済学」と「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」で述べてきたように、財・サービス市場で需要不足が生じたときには、財・サービスの購入に使われなかったマネーが、貨幣市場に滞留し、さらにそれが債券市場に流入して、債券市場に超過需要を引き起こすからだ。つまり、財・サービス市場でマネーが使われなかったことで、それが貨幣ないしは債券という形で金融資産を求めるニーズが生じ、それは貨幣市場と債券市場に超過需要を生じさせる。そして、それが債券価格の上昇つまり債券金利の低下を引き起こす。
    すなわち、消費の伸びが低下し、それを見て企業の設備投資が抑制する結果、財・サービス市場に需要不足が発生する。このとき、経済活動の不活発化によって政府部門の税収が減少し、また、企業の倒産や失業の増大などが生じて景気対策が必要とされるようになるため、政府部門は資金不足となり、借入が必要となる。
    このため、政府は公債を発行して資金を調達することになるが、民間が公債を購入するための資金は、(財・サービス市場の需要不足に伴って)すでに民間で発生しているのである。そして、(逆に)民間は公債が発行されなければ、資産を増加させることはできない。なぜなら、資産とは誰かの負債であるが、企業は設備投資を抑制しているから社債を発行する必要性が小さい(つまり、企業は負債を増やしてくれない)からだ。
    つまり、家計や企業がマネーを(消費や設備投資をしない=)財・サービスに使わずマネーを蓄積する(資金余剰=貯蓄を増加させる)とき、同額だけ、誰かが負債を増やして(借りて)マネーを財・サービスに使ってくれないといけない。そうならないとき、経済はスパイラル的に収縮していく。
    それができるのは、誰だろうか。家計は失業の不安に怯えて消費を抑制し、企業は需要不足による供給過剰や新たな過大投資を恐れて設備投資を抑制する。このとき、失業の不安と倒産の恐れがなく借入をして支出を増やせる経済主体は政府しかない(国内では)。
    なお、平穏な経済状況では、「海外」の負債増加が期待できる。海外の国は、日本とは経済の好況不況のタイミングが異なることが多いから、日本が不況でも、好況な国に輸出を増やせば、日本は不況を脱出できた。過去の高度成長期、しばしば日本は海外への輸出増大で景気回復してきた。しかし、現在は、リーマンショック後の世界的な景気停滞の中で、海外の国々も日本と「同時に」不況であり、海外が借入主体(注)になって日本の製品を買ってくれる可能性については、不確実性が高い
        注)日本の経常収支の黒字は、旧統計でいう「資本収支赤字+外貨準備増減の増」
            と必ず一致する。「資本収支赤字+外貨準備増減の増」とは海外への貸付のこと
            である。したがって、日本が経常収支黒字を拡大するには、同額だけ海外は日本
            から資金を借りる必要がある(日本が貸さなければ、為替レートが円高に振れて
            事後的に経常収支が《強制的に》バランスする)。

    海外がだめなら、政府が赤字を増やし、政府の債務が増加するしかない。しないなら、経済が縮小していく。政府の累積債務が毎年積み上がっているのは、民間の経済主体が消費や設備投資に充分マネーを使わないためであり、その意味で正常な状態なのだ。

    (詳しくは、拙著又は次の頁を参照)
New Economic Thinking2◎資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系
New Economic Thinking10 マネーの二つの側面からみた日本国債のパラドックス

◎ 実際に、マネーストックを左右しているのは、重い不況期では公債発行のようだ

    ア 日本の2000年代の量的緩和期
    2001年〜2006年の量的緩和期のうち、(当時データがあった)2001〜2003年のマネーストックの変化率に対する寄与度でみると、マネーストックの変化率(1.63〜3.30%の範囲)に対して、民間向信用(貸出、社債、株式)の寄与は常にマイナス(−2.29〜−4.34%ポイントの範囲)、対外資産をは0近傍(0.00〜−0.40の範囲)で、唯一公共部門向信用(公債等)のみがプラス(2.49〜7.53の範囲)という報告(田中2006)がある。
     田中敦[2006]『日本の金融政策 ーレジームシフトの計量分析ー』有斐閣、188頁表1

    つまり、現在のような重い不況下では、マネーストックの伸び率を左右しているのは、公債の発行状況である可能性がある。マネーストックが伸びなければ、物価が上昇するとは考えにくい。

   イ 米国の大恐慌期
   つぎに、同様に重い不況の例として米国の大恐慌期を見てみよう。大恐慌からの回復過程で、マネーストックが急速に伸びているが、当時の銀行の信用供与先の状況を見ると、民間向け信用は停滞したままであり、急速に増加しているのは、政府向け信用(公債購入)であることがリチャード・クーによって実証的に示された(これは、拙著(向井2013)でグラフ(44頁図2(下の図2参照)、47頁図3)で分かりやすく解説)。(なお、F.D.ルーズベルトの大統領就任は、1933年3月)
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
なおこれは「財政出動論3 大恐慌期の金融政策の有効性」で解説している。

   ウ 日本の昭和恐慌期
   さらに、米国の大恐慌期に対応する日本の昭和恐慌で、同様の分析を行うと、やはり、民間向け信用(貸出、社債購入)は停滞しており、当時のマネーストックの伸びに対応して急速に伸びているのは、政府向け信用(公債購入)であることを拙著(向井2013、56頁図8)で示した。
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
    なお、日本の昭和恐慌期については(藤野・寺西2000)によって復元された「戦前金融資産負債残高表:1871〜1940年」データ(同書巻末付録473〜559頁に基づく。
    藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    これを少し簡略化して分かりやすいグラフで日本の昭和恐慌期の状況を見てみよう。高橋財政によって回復した31年〜34年の3年間の変化率を見ると、民間向貸出+社債投資が▲2.3%と減少している一方、公債投資は59.3%増加している。
注)なお、これは上の米国のグラフと異なって積み重ねグラフではない。
      データ出所:藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    ちなみに、重い不況下では、通常であれば資金不足部門(借入で設備投資を行う)であるはずの企業部門が、資金余剰となる傾向が広く見られる(例えば、「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」では、2つのグラフで、それぞれ長期停滞下の日本と、リーマンショック後の米国で、企業が資金余剰部門に転換したことを示した(ただし、米国では1年後にはすぐに資金不足部門に戻った)。
     また、昭和恐慌期の日本でも、企業部門が資金余剰となったことが[岡田・安達・岩田(2002)]で示されている次に引用するグラフ参照)。企業が設備投資を拡大するとき、初めのうちは、この時期に生じた余剰資金を使うと考えられ、したがって景気回復のの初期は、銀行からの融資はすぐには増えないと考えられる。
    しかし、この下のグラフをみると、企業部門は1933年には資金不足に再転換し、1934年にはかなりの資金不足となっていたと考えられる。一方、上のグラフを見ると1934年の銀行からの貸出しは、依然、停滞ないしは減少状況である。つまり、この段階では、銀行からの貸出しは未だ設備投資の増加を促進したとは言えないように見える。
               グラフの出所:岡田靖・安達誠司・岩田規久男[2002]「大恐慌と昭和恐慌に見るレジーム転換
                           と金融政策」原田泰・岩田規久男編『デフレ不況の実証分析』東洋経済新報社.187頁

    エ 異次元緩和下ではまだわからない
    以上のア〜ウを考慮すると、重い不況下で生じたマネーストックの増加が、すべて金融緩和政策の効果によるものであり、財政出動の影響はほとんどないという(2000年代初頭までに《世界的に》一旦確立された)見方には、少なくとも疑問符がつくものと考える。これを前提に今回の異次元緩和の効果を少し考えて見よう。
    異次元緩和による急激なマネタリーベース(日銀券発行残高+日銀当座預金残高)の増加にもかかわらず、これまでのところのマネーストック(国と金融機関以外の経済主体が保有する金融資産)の伸びは、2001年〜2006年の量的緩和期と比較して、それほど差がないようだ。これは「財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年の日本経済」の図2をみれば明らかだ。2001年からの量的緩和の前後に比較して、今回の異次元緩和前後の伸びはむしろ、開始前の伸び率の水準を考えると、異次元緩和のマネーストックの伸び率の加速の程度はむしろ低い(異次元緩和のマネーストックへの効果は、これまでのところ量的緩和時より高いとは言えない)
    今回の異次元緩和の「緩和開始1年後からの1年」は、まだ数字が出ていないけれども、今年1月時点のマネーストックは3.4%の伸びなので、前回の「量的緩和」時よりも高い可能性が強い(点線)。これは開始前の水準(異次元緩和前2年間の伸び率がいずれも3%超)が高いし、緩和開始年の2013年度は、アベノミクスの第二の矢で財政出動が行われ、公債発行が一定程度あったことで理解できる。
    便のために、図2をここに再掲しておこう。
データ出所:日本銀行

    今後伸びていく可能性はあるが、少なくとも、上で見たように「重い不況下では」金融機関の資産残高が公債の発行によって規定されている程度が高いとするなら、今後の公債の発行状況は、マネーストックに影響を及ぼすと考えられる。
   「経済をよくするって、どうすれば」さんの計算によると、2015年度政府部門(国、地方、社会保障基金)の予算は、8兆円の緊縮(14年度の消費税と同規模)となるようだ。その分、公債の発行が縮小すると考えてよいから、その分、マネーストックは伸びが抑制されると考えられる。つまり、2015年度のマネーストックの伸び率は低下する方向の力を受ける。
    あとは、異次元緩和政策や原油安に刺激されて、民間がどの程度がんばれるか、米国の景気回復や円安によって、どの程度輸出が伸びるかである。

    「経済をよくするって、どうすれば」2015年02月22日



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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合は、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。