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序章 世界同時不況で明らかになった現代マクロ経済学の限界
序章 世界同時不況で明らかになった現代マクロ経済学の限界
◎「世界同時不況」直前までの現代マクロ経済学
リーマン・ショックが経済学に与えた影響についてワプショット[二〇一二]は、『自由市場は時間の経過とともに必ず自己を正しく修正する』という仮説が「かつて広く受け入れられていた」と述べ、それが今回の世界同時不況で「誤りであることがあまりにもはっきりと証明され」たと述べている。
規制のない自由な「市場」が、自律的に経済を修正し均衡へと回復させる力があるとしたら、世界で最も徹底した自由化が行われ、最も歪みが少なかったはずの米国金融市場こそ、世界で最もその力が強い市場だったはずだ。ところが、その自由な市場で巨大な歪みが蓄積され、〇八年九月一五日の「リーマン・ショック」で崩壊した。それにより、世界経済は五年後の二〇一三年現在も苦しんでいる。
(途中略)
◎現代マクロ経済学に対する失望
しかし、今回の世界同時不況は、大恐慌等に関するこれらの通説に打撃を与えると同時に、現代マクロ経済学全体にも痛撃を与えた。
クルーグマン(二〇〇八年ノーベル経済学賞受賞者)
ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は、〇九年六月のライオネル・ロビンズ記念講義で「過去三〇年間のマクロ経済学の大部分は『良く言っても見事なまでに無益で、悪く言えば積極的に害をもたらした』」と率直に論じた[1]。
実際、マクロ経済学は、世界同時不況を予測できるモデルを持っていなかったし、対策を検討し有効な対策を提言するために使える理論的枠組みも持っていなかったのだ。
実際、マクロ経済学は、世界同時不況を予測できるモデルを持っていなかったし、対策を検討し有効な対策を提言するために使える理論的枠組みも持っていなかったのだ。
サマーズ(オバマ政権の国家経済会議(NEC)前委員長)
したがって、政策の現場では、第一線のマクロ経済学者たちが過去のものとして嘲笑の的とすらしてきたケインズ経済学のIS/LMモデルが専ら使われたのである。ローレンス・サマーズ(ハーバード大学教授)は、一一年四月九日にブレトン・ウッズで開催されたコンファレンスにおいて、「DSGE[2]はホワイトハウスの危機への政策対応において何の役割も果たさなかった、と述べた。流動性の罠を取り込んだIS/LMだけが使用された。」と述べた[3]。また「マクロ経済学に健全なミクロ経済学の基礎付けをしようとした膨大な研究は、政策当局者としての自分にとっては基本的に役に立たなかった」と述べた[4]。
アイケングリーン
また、B・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークレー校教授)も、一三年二月に、今回の世界同時不況に関して「・・・しかし、多くの経済学者たちの研究は的外れだったという考えは広く共有されており、もっと恐ろしいことに経済・金融危機をなんとかしようとする政策決定者に対してなされた経済学者たちの助言の多くはほとんど役に立たなかった。」と述べている[5]。
◎平穏期を扱う現代マクロ経済学と今回の強烈なショック
カーメン・ラインハート(メリーランド大学教授)とケネス・ロゴフ(ハーバード大学教授、元IMFチーフエコノミスト)は、世界同時不況危機について、「統計的にみて『正常な』経済成長の期間を基準にした標準的なマクロ経済モデルは、本書を執筆中[6]もアメリカと世界に影響をおよぼしている強烈なショックを分析するのには、ほとんど役に立たないと考えられる」と述べている(ラインハート=ロゴフ[二〇一一]三二八頁)。
「統計的にみて『正常な』経済成長の期間を基準にした」の意味は、「・・・新たに起きた危機をごく狭い視界で捉えるという好ましからぬ傾向を示す。すなわち、限られた時期の狭い範囲から抽出した標準的なデータセットに基づいて、判断を下そうとする」(前掲書五頁)から理解できよう。
「統計的にみて『正常な』経済成長の期間を基準にした」の意味は、「・・・新たに起きた危機をごく狭い視界で捉えるという好ましからぬ傾向を示す。すなわち、限られた時期の狭い範囲から抽出した標準的なデータセットに基づいて、判断を下そうとする」(前掲書五頁)から理解できよう。
これは、大恐慌や世界同時不況のように発生頻度の低い経済現象を、必ずしも発生頻度の高い「平穏な時期の」データを使って理解することはできないという認識を示している。
◎世界同時不況では、予想以上に財政乗数が高かった
こうした観点は、最近の「財政乗数」に関する研究によっても支持される。財政乗数とは、財政支出の増加がどれだけGDPを増加させるかを表す指数である。・・・(以下略、注も略)